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人は死ぬといい人になるのだろうか?

日本には 「死者を鞭打つ」と言う言葉があり・・

つまりそこには 死者を鞭打つようなマネをしてはいけない という意味が含まれている。

「死んだ人を悪く言うものじゃない」というのは 子供の頃から聞かされた言葉だ。
きっと 誰もがみんな(最近の子供は聞いてないかもしれないが)聞いて育ったのじゃないだろうか?
生前 あまり行いが悪かった人でさえ「もう死んでしまった人を今さら・・」という感じで悪く言うことははばかれた。

それが 正しいか 間違っているかはわからないが・・
確かに 死んでしまった人の悪口を死んだあとに言うのは 死者も 遺族も 残った回りに人にとっても 何もいいことなどないのかもしれない。

だが・・だからといって 死んでしまえば別にその人のやったことがなかったことになるわけでも 浄化されるわけでも いい人になるわけでもないと思っている。

松岡農林水産大臣が自殺した。

いきなりの自殺で いくつかのTV番組では急遽 一部内容を変更して報道していた。
慌ててとったのであろう 熊本市民などのインタビューも放送されたが・・

「可哀想に・・」とか
「これから頑張って欲しかったのに」とかいっている。

わたしにしてみたら・・言うべきことも公にしないで 自分の責任も果たさずに最後まで無責任なやつだ・・としか思わなかったが・・

冷たすぎると言うことだろうか?

だが この自殺により世間に知らされなければならなかったことのいくつかが 闇に葬られるかもしれない可能性が高まったのは確かなことだったのじゃないだろうか?

現役官僚の初めての自殺・・

安倍総理は 中途半端な情け・・というよりも 決断力のなさに いつまでも大臣職につかせ その結果 こんなことになっただけなのじゃないだろうか・・としか思えない。
結局 責任(死ぬことが責任をとったとは思わない・・とくにこう言う自殺は責任ではなく 逃げだとしか思わないし)を果たすこともせず 最後の最後まで自分のためだけに逃げたとしか思えない。
家族も 自分を支持してくれた有権者も捨てて。

死者に鞭打たない・・という意味では これ以上は言わないが・・

ならば 残りの責任は是非生きている安倍総理をはじめ 自民党TOP 同じ穴の狢の議員にとってもらいたいものだと思う。

あと・・なんだろう・・と思ったことが1つ・・

中村勘九郎氏の所得隠し問題・・

「そんなものはない!」と憤慨していたが 事実あったらしく(長年やってくれた経理担当の責任っぽいが)その謝罪会見をしていたが・・

なんか・・あんまり謝ってない気がする・・
(それとも 番組的に面白くするために 謝っている部分の多くはカットでもされているのだろうか)

自分の経理担当にだまされた!
いくら自分に給料がはいっているかもわかってなかった!

とかいっているが・・それが事実でも 自分のサイフを人に預けて 「だって知らなかったんだもん!」・・・で 通る年じゃないと思うのだが・・・

TVのコメンテーターたちも「お金の面など気にしないような立場の人でしょうしね」とか同情的なのだが・・・

いい年しているのに 自分が知らなかったから仕方ないといういい分を何故認めるのか・・それが事実でも そう言うマネをしていたことをまず反省し そこを謝罪するべきだと思うのだが・・・

偉大な歌舞伎役者で 人間的にすばらしい人でも・・・責められるべきは責められ 反省すべき点は素直に反省するべきだと思うが・・・・

そういう考えなどとは違う もっと清らかなお金とか俗世のものに無縁な世界の人間は 憤慨すべき点もわたしなどとはまったく違っているのだろうか・・なんか よくわからない。  

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