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自殺した松岡前大臣の報道が連日行われている。

彼のとった行動の説明責任について・・鈴木宗男氏が 「TOPからの制止がかかっていた」ようなことをいっていて それを自民党幹部は否定しているが・・

まぁ 真相は 99%鈴木氏の言うとおりだろうな・・とわたしは思っている。

そう思えば 気の毒なことだが・・やったことはやったことだ。

何を考えているのか 石原都知事は「侍」と讃えていたが・・

何も自分の口から説明することなく 闇にしたまま死んでしまう行動のどこが侍というのか・・侍というものをカンチガイしているんじゃないのなら 「自分たちの都合の悪い事を黙ったままでいってれたこと」を讃えているようにしか聞こえない。

ああいう仲間を持った事は ある意味 心から同情はするが・・

間違ったことを間違っている そしてそれを正そういってくれる本当の仲間がいなかったということが 松岡氏の最大の悲劇だったのかもしれない。
(身内を含めて)

だが 自分の命をかけてまで 何を守ろうとしたのか
そしてその守ろうとしたものが 「命」ほど本当に価値があったのか もう遅いが 本人は考えて欲しかったものだ。 

人は死ぬといい人になるのだろうか?

日本には 「死者を鞭打つ」と言う言葉があり・・

つまりそこには 死者を鞭打つようなマネをしてはいけない という意味が含まれている。

「死んだ人を悪く言うものじゃない」というのは 子供の頃から聞かされた言葉だ。
きっと 誰もがみんな(最近の子供は聞いてないかもしれないが)聞いて育ったのじゃないだろうか?
生前 あまり行いが悪かった人でさえ「もう死んでしまった人を今さら・・」という感じで悪く言うことははばかれた。

それが 正しいか 間違っているかはわからないが・・
確かに 死んでしまった人の悪口を死んだあとに言うのは 死者も 遺族も 残った回りに人にとっても 何もいいことなどないのかもしれない。

だが・・だからといって 死んでしまえば別にその人のやったことがなかったことになるわけでも 浄化されるわけでも いい人になるわけでもないと思っている。

松岡農林水産大臣が自殺した。

いきなりの自殺で いくつかのTV番組では急遽 一部内容を変更して報道していた。
慌ててとったのであろう 熊本市民などのインタビューも放送されたが・・

「可哀想に・・」とか
「これから頑張って欲しかったのに」とかいっている。

わたしにしてみたら・・言うべきことも公にしないで 自分の責任も果たさずに最後まで無責任なやつだ・・としか思わなかったが・・

冷たすぎると言うことだろうか?

だが この自殺により世間に知らされなければならなかったことのいくつかが 闇に葬られるかもしれない可能性が高まったのは確かなことだったのじゃないだろうか?

現役官僚の初めての自殺・・

安倍総理は 中途半端な情け・・というよりも 決断力のなさに いつまでも大臣職につかせ その結果 こんなことになっただけなのじゃないだろうか・・としか思えない。
結局 責任(死ぬことが責任をとったとは思わない・・とくにこう言う自殺は責任ではなく 逃げだとしか思わないし)を果たすこともせず 最後の最後まで自分のためだけに逃げたとしか思えない。
家族も 自分を支持してくれた有権者も捨てて。

死者に鞭打たない・・という意味では これ以上は言わないが・・

ならば 残りの責任は是非生きている安倍総理をはじめ 自民党TOP 同じ穴の狢の議員にとってもらいたいものだと思う。

あと・・なんだろう・・と思ったことが1つ・・

中村勘九郎氏の所得隠し問題・・

「そんなものはない!」と憤慨していたが 事実あったらしく(長年やってくれた経理担当の責任っぽいが)その謝罪会見をしていたが・・

なんか・・あんまり謝ってない気がする・・
(それとも 番組的に面白くするために 謝っている部分の多くはカットでもされているのだろうか)

自分の経理担当にだまされた!
いくら自分に給料がはいっているかもわかってなかった!

とかいっているが・・それが事実でも 自分のサイフを人に預けて 「だって知らなかったんだもん!」・・・で 通る年じゃないと思うのだが・・・

TVのコメンテーターたちも「お金の面など気にしないような立場の人でしょうしね」とか同情的なのだが・・・

いい年しているのに 自分が知らなかったから仕方ないといういい分を何故認めるのか・・それが事実でも そう言うマネをしていたことをまず反省し そこを謝罪するべきだと思うのだが・・・

偉大な歌舞伎役者で 人間的にすばらしい人でも・・・責められるべきは責められ 反省すべき点は素直に反省するべきだと思うが・・・・

そういう考えなどとは違う もっと清らかなお金とか俗世のものに無縁な世界の人間は 憤慨すべき点もわたしなどとはまったく違っているのだろうか・・なんか よくわからない。  

最高裁の(BlogPet)

最高裁の、気持ちを更正するはずだった。


*このエントリは、ブログペットの「みよ」が書きました。

どっちがどう違うのだろう

横浜駅で2歳の幼児が女に突然刃物で刺されると言う事件が発生した。

刺した動機をこの女は

「子供に噛まれると思ったから」

・・だそうだ。
こういう女は 本当にライオンにでも頭を噛み砕かれれば言いと思うのだが。

日本には 精神異常者は罪に問われないと言うとても都合のいい刑法が存在する。

この女も前日に母親と一緒に精神病院にいっていたらしいし 紛れもなく頭が正常じゃないので このすばらしい刑法が適用されて 社会の野放しになることだろう。

前日に母親とはぐれているみたいだが・・親の責任も100%だろう。
社会にまともに適用できない人間を一人にするようないい加減なことをしているからこんな事件が起こるのだ。
家族にも手に余ると思うのなら 病院にでも入れて外に出さないでもらいたい。

そもそも・・前から思っていたが なぜ 精神異常・まともな判断ができないのなら罪に問われないのだろうか?

被害にあう人間にとってどう違うと言うのだろうか?

反対に言えば ちゃんと善悪をわかって犯罪を犯す人間なら それが怨恨によるものなら心当たりのある人はまだ用心できるし お金目当てだの 快楽目的だのいうのなら 危険な場所にはなるべく近づかない・・という対策だってできないわけじゃない。
(もっとも それも100%といえない 今の日本の犯罪事情はあるが)

だけど 本来危険なはずはない人目の多い駅・・しかも 昼間 親もちゃんとそばにいる・・
こういう状態でさえも 異常な人間は平気で 「子供がいるから 手を噛まれるかもしれない」というわけのわからない理由で2歳の子供を刺せるのだ。

よっぽど危険なのじゃないだろうか。

そしてもっと問題なのは こういう人間は「罪に問えない」というわけのわからない理由によりまた社会をウロウロするのだ。

何故 また同じことを繰り返す可能性の高い人間を野放しにする刑法など存在するのだろうか?

本人に自覚がなければ なにをやっていいのだろうか?

罪自体を問わないと言うのならそれはそれでいいが でも 次に犯罪・社会への迷惑をかけないでいいような対策はちゃんと講じるべきじゃないのだろうか。

そういえば・・ライオンに噛みつかれてしまえばいい・・・ということを書いたが 中国のサファリで生きた牛などを客が買って 目の前でライオンなどに襲わせるショー?が行われているというニュースをみたが・・

自然界では 確かにそういうことは行われているだろう。
自然の摂理としては別に間違ってはないのかもしれない。

だけど もともと 人間の手で作られた偽物の自然のなかでそれをする必要があるのかと思うのと同時に それ以上に

そう言うものを見て 喜ぶ人間 そのもののありかたが問題だと思う。

牛が目の前で引きさかれ 血を流して死んでいく姿を 手を叩いて喜ぶ大人やその大人を見て成長する子供・・

これが牛じゃなくても人間でも・・同じような反応をするんじゃないかとわたしは思うけどね。
人間の残虐性というのは 段々 小さいものから成長していって 歯止めがきかなくなるものなのだから。

差し戻し どうなるか

光市の母子殺人事件の裁判の差し戻し公判が今日から始まった。

さて・・どうなることだろう。

無期懲役判決が下っていたこの事件・・最高裁が「事件の悪質さから 死刑を回避する理由はない」という理由から 差し戻しが行われたらしいが このことで 今回 この犯人に21人もの弁護士がついたらしい。

被害者の夫もいっているが たぶん この21人の弁護士たちは「死刑反対」のおきれいごと論者の偽善弁護のためについているのだろう。
この犯人がもしも死刑にならずに 社会に出た時の責任など一切負う気もないくせに 自分たちが死刑になりそうな可哀想な人間をすくったと言う自己満足のために弁護につくとしか思えない。

そうじゃないのなら もしも社会に戻った時のこの犯人の一生の責任を是非負ってもらいたい。
自分たちの目のつくところで生活させ もしも次に犯罪・それに準じる社会への迷惑をかけた時点で 犯人と同じ罰を背負っていきていってもらいたい。
そこまでの責任が持てないのなら 安易にこんな人間を社会に放つ可能性のあるような弁護はしないでもらいたい。

過去 死刑になりかけた犯罪者に同情し 自ら上告をすすめ 死刑を回避させ そして世の出たその犯罪者が 新たに殺人を犯した・・その罪を作ったバカな裁判官がいた事実をもっと重く受け止めて欲しいものだ。

自分の性欲のために 一人の女性を殺害し 泣言がうるさいとまだ抵抗することもできないような赤ん坊を殺した犯人。
それが成人じゃないというだけで 死刑を免れようとして 今度こそ正しい判決を・・と願っているときに まだこういうお気楽で無責任な人間が21人もいるとは・・

弁護士も裁判官も その下した判決・弁護した内容に責任を持たせる時代がきたのではないだろうか。

この犯人がまだ心から反省しているなら 「更正の余地がある」と判断するのもわからなくもない。
(もっとも それでも 一生被害者に償いボランティア活動を強制的にもさせていく・・というような人生じゃないのなら 死刑になったほうがいいとおもうが)
だけど この犯人は 反省どころか「被害者の夫が調子付いている」と拘置所から友人に手紙を出すような人間なのだ。

一体 無期懲役の判決を下した裁判官は 何をみてこの犯人に「更正の余地」などと夢見たいなばかな判断を下したのだろうか。

21人の弁護士は いったいこの犯人に何を見て弁護などといっているのだろうか。
それも 犯人の犯した罪を正面から捉えた上で弁護するのならまだしも 「死刑回避のため」だけに「傷害致死」などというでたらめな理由をこじつけて ウソの弁護をすることに恥ずかしいと言う気持ちすら持たないのだろうか。
だとしたら この弁護士たちの弁護士としての資質だって問われるべきじゃないのだろうか。
(まぁ・・弁護士は自分の弁護人を有利にするために平気でウソだってつかせるものだろうが・・そういう弁護士が多いとはいえ それが正しい弁護士の姿などとか思えない)

自分の身を守るために必死で抵抗していううちに 相手を殺したわけじゃない。

自分の性欲を満たすために 大人しくさせるために首を絞めて 締めて締めて 殺したのだ。
赤ん坊にいたっては 抵抗もなにもできやしないのに なきやますためにクビを紐で締めた行為が 殺人 じゃなければなんだというのだろうか。

殺されたのが 今回の21人の弁護士の家族ならよかったのに。

その上で 弁護するというのなら まだこの弁護士自体はここまで責める気はない。
(もっとも その上で社会に出た犯人の責任は負ってもらいたいが)

更正というのはなんだろう?
この犯人は もしも死刑にならなくて 社会に戻った時に 殺人はしないかもしれない。
だけど 被害者に対しての謝罪の気持ちも 遺族対する謝罪の気持ちないこの犯人の人間性になんの更正があるというのだろうか。
人殺しはしないかもしれない 人殺しさえしなけれれば どんな考えを持ち どんな性格(自分の欲望のためには人の命さえも犠牲にしていいと思っている)を持ったままでも 更正したということで社会に戻してもいいのだろうか。

少なくても 犯罪犯さなくても 根本的に更正していないような人間 わたしは受け入れる気は一切ないし 近所にだって住んで欲しくない。

年齢なんか関係ない。
他人を犠牲にしてもいいというほどの性欲のある子供なんているものか。
こんな犯罪犯す時点で 子供じゃなく 大人なのだ。
中身がともなっていないというのなら それは本人と親・学校・周りの環境の問題であり 被害者にはなんの意味もない。

次に生まれてくるときは中身がまず成長するような当たり前の人間になってくるんだなと思いつつ この犯人の死刑を強く望む。
 

人間というだけで許されるのか

本当に 頭のおかしい人間が世の中にあふれかえっている。
隣人に興味がなくなった現在 自分の近くに住んでいる人間がどんなにヤバイやつかもわkらず暮らしているというのはあると思う。

実際 わたしだって 知らないし・・

長野で また常識外れのじいさんが出た。
まぁ・・昔の人って結構 こういうタイプ多かった気もするが・・

泣き声がうるさいといって 人の家から飼い犬を盗み出し クビをしめて殺したバカじじいだ。

そりゃ しつけのできていない飼い主にも問題あるだろう。
うちの近所にだって「あそこの家の犬はよくほえるなぁ・・」と思う家はあるが・・
まぁ ここで実際に盗み出して殺すような人間は数は少ないが その家に怒鳴り込んだり 保健所に苦情をいって 「処分」を求める人間ならいっぱいいるだろう。

処分=殺しちゃえ ということだ。

動物が嫌いな人間や 自分以外のものがだす騒音にガマンできない人間はそりゃいるだろうし そういう人間には 「処分 仕方ないじゃないか うるさいんだから」と思うのだろう。
わたしは こういう人間とはご近所付き合いだってごめんだ。
一番嫌いなタイプで こういうタイプがたとえ事故死しても 事件にあっても 同情しないくらい嫌いだ。

だから 今回のようなじいさんは 許せない。

今回の被害額は5万だそうだ。
殺された犬の命の値段が5万ということだ。

ペットは物扱いだから そういう値段で済んでしまうだろうが わたしが飼い主なら 「5万いらないから 殺したペットを返せ!できないなら お前が死んでください」と間違いなく言うだろう。

動物の命が 人間と引き代えになるのか・・などという論議をする気はないし 別にそうだともいう気はない。
だけど こういうことするような人間に 自分が可愛がっているペットほどの価値は わたしなら一切認めないだろう。

別にうるさいのは 動物だけじゃないだろう。
子供だってうるさいし もっと言えば 大人だってうるさいやつはいっぱいいる。

じゃあ うるさいからって 殺していいのだろうか?

人間は殺しちゃまずいけど 動物ならいいのだろうか?

まずいからガマンできる騒音なら それが動物が出していてもガマンできるのじゃないのだろうか。
(わたしはガマンできるから ガマンできない人間がまじで理解できない)
そうじゃなくても もっと飼い主と話し合うとか 常識の範囲で行動できるものじゃないだろうか。

まぁ・・毎晩 うるさく ワンワン言われて見ろ!切れるに決まっているだろう!!

という意見もあるだろうね。

だけど 気にしているから過剰に思うだけであって 犬だって24時間なくことなんて(体力的に)できやしないのだ。
それに鳴く理由がある。
不審者(犬のとってのだけど)がいたのかもだし 飼い主に訴えていることもあるだろう。

後者は少しでも近所迷惑にならないように飼い主がすぐに対処しなければいけないだろう。
鳴き癖があるなら お金出しても訓練所にいれたほうがいいだろうし 何か要望があるのならそれを改善して鳴かなくなる努力はしなければならないだろう。

前者なら・・・防犯にいいんじゃないかとわたしは思うけどね~・・
実際 犬のいる家は空き巣も避けるらしいし。
物騒な世の中 怪しい人間が嫌がるようなサイレンを鳴らしてくれるのなら わたしはうるさいより ずっとそっちのほうがいい。

ワンワンうるさい犬と そういう犬をうるさいと殺す人間 どっちがご近所にいていいかというと・・わたしなら 犬を選ぶ。

うるさいと騒ぐ人間が 実際は一番近所迷惑なうるさい人間だというパターンは本当に多いものだ。

ゴミ置き場に赤ちゃん

本当にどうしようもない人間というのはいる。

今度は ゴミ置き場に 裸の赤ん坊を紙袋にいれて放置した人間だ。

本当なら 育てられないなら 最初から作る行為をするな 妊娠しない努力をしろといいたい。
それでも バカで産んでしまったのなら 何故せめてその子が無事に保護されるように保温に気をつけて場所に気をつけて・・そんなことすらできないのだろうか。

この赤ちゃんを産んだ人間は(まあ 捨てに来たのが女とは限らないが しらないと言うことはないだろうし) 赤ちゃんを物・・それも ゴミとしか思ってなかったのだろうか。

何故 ゴミ捨て場に 裸で捨てたのだろうか。

もしも ゴミ置き場なら 人目につかずに そして誰かがなからず来るから早く発見してもらえる・・とでも思ったとしても・・それなら 服くらい着せてやるだろう。
そうじゃなくても タオルでしっかりくるんで保温してあげるだろう。
自分が最後にできる母親としての愛情くらいかけてやるのが当然じゃないだろうか。

そんなことも思いつかないほど 頭の悪い人間だったのだろうか。

どんな理由があるにしろ(例えば レイプとかで 望まない妊娠で・・とかでも) ゴミ捨て場に裸の赤ん坊を捨てた時点で こんな女と男は(妊娠は女だけの責任じゃなく 男だって同罪だと思う) 見つかったら即刻去勢でもして 2度と子供なんかつくらないでもらいたいものだ。

常識のレベルじゃない

最近 本当に信じられない事件が多い。

凶悪犯罪は昔からあったわけで 調べて見れば 昔からこんなものだったのか・・と思わずにいられないものも多いが・・

ただ やっぱり 今の凶悪犯罪の低年齢化は目に余るものがあると思う。

三重県で また信じられない事件が起こった。
悪口を言ったということで 知人女性(18)をアパートに監禁し 殴るけるの暴力を加え左目の眼窩(がんか)を骨折させたうえ 小指を切断して その指をカレーにいれたとか・・

もう・・常識がどうとかいうレベルじゃない気がする。

それだけじゃ飽き足らず更に暴行しようと外に連れ出したところで少女が海に飛び込んで逃げたようだが・・

犯人たちは 15~18の男女・・学校や親や・・それ以上に 本人たちは 長くはないけど決して短くもない人生で一体何を学んできたと言うのだろうか。

怒りのコントロールもできなければ 自分たちのやっている行為の限度とか善悪とか・・ともかくそういうことすら理解できないのだろうか・・

ちょっと前に 21くらいの男女(犯行が発覚した時はすでに夫婦になっていたのかな)が 自分の子供をバイクの座席の下にいれて死なせるという事件もあった。
(既に虐待で殺していたんじゃないかとわたしは思うけど)
しかも 死んだあと捨てたのだ・・このバカな連中は 自分の子供を。
(男の方は自分の子供ではなかったみたいだが・・そういうことは関係ない)

ゆとり教育がどうこう言う前に もっと見なおさなければいけないことが学校にも 家庭にもあるのではないだろうかと思わずにはいられない。

みよが正直に走行しなかったー(BlogPet)

みよが正直に走行しなかったー。


*このエントリは、ブログペットの「みよ」が書きました。

さっそく・・

ついに熊本の「こうのとりのゆりかご」・・・通称「赤ちゃんポスト」が開始されたが・・

初日にそうそう子供を預けた親が現れた。

しかも 子供は赤ちゃんではなく 3~4才の幼児らしい。

もっとも 赤ちゃんなら問題なく 幼児だから問題だ・・という感覚は私にはまったくない。
要は 早速 子捨てが行われた・・ということだ。

子供は自分の名前も親(捨てに来たのは父親らしいが)の名前もいっていると言う。
子供はどういう気持ちだろうか・・
そして その子を捨てた親はどういう気持ちなのだろうか・・

病院側は詳しい内容を発表してないから なんとも言えないが 親は手紙の1つでもおいていったのだろうか。
何故 子供をポストに預けなければいけないか その理由と 子供のことを託す手紙を書いていたのだろうか・・

経済的な理由で手放したのだろうか・・
虐待とか・・いわゆる子育て放棄で手放したのだろうか・・
育児に対する負担から手放したのだろうか・・

無理に親の手元に置いておいて 虐待だの 育児放棄だので不幸な目に合わせるくらいならどこか避難場所を作ってあげるのはいいことだと思う。

だけどやはり 運用が始まったとたんに子供を預けに来る親がいる事実は悲しいとしかいえない。

親学見送り

政府が提唱していた 親学 が 見送りになるらしい。

なんというか・・当たり前だ。

正直言って ろくに子育ての協力もしたことのないような政治家からそんな偉そうなものを押し付けられたくない。

「授乳の時はTVを見ない」

余計なお世話だ。
授乳しているときは そりゃ子供の顔を見ているがTVつけっぱなしということはある。
ましてや 大きくなってくれば TV見ながら授乳することだってあるだろう。
母親が1日何回授乳していると思うんだ。
下手したらさっきやったばかりなのに また・・ということだってあるのに TVを消すだの 見るなだの余計なお世話だ。

しかも

「子守唄を歌いながら母乳で育てる」

子守唄は歌ってあげていたが 母乳かどうかなんかその母親が出るか出ないかの問題だてあるだろう。
わたしは母乳がでなかった。
別にさぼっていたわけじゃない。
おっぱいマッサージだってしたし 相談だってした。
でも 産科に出産入院していたときでだってでなかったんだ。
「母乳神話」のせいで わたしはどんなに苦しんだか・・まじでノイローゼ寸前にだってなりけかた。
母乳のでない自分はダメな母親なんだって思いかけた。
母乳出る人はやればいいし 出ない人は悩むくらいならミルクに切り替えて楽しく子育てしたほうがいいに決まっている。
これ以上 政府から 母乳がうんぬんなんて きめつけられたくないもんだ。

「父親も育児に参加」

は賛成だけど PTAなどに出れるか出れないかは 勤めている会社との関係だってあるだろう。
そんな奇麗事を政府が出すくらいなら その前にPTAの時父親も堂々と参加できる社会ルールを作るほうが先じゃないのだろうか。

なんで 政府のやることって国民のことをみてないのだろうか。

1本5000円のミネラルウォーターを飲んで 「いまどき 水道水を飲んでいる人間はいない」と寝ごとをいった 自民党の能無し議員が未だにノラリクラリやっているくらいだから 政府に何を期待しても無駄なのかとも思うが。

自転車取締り

先日 悪質自転車の取締りが行われた。

自転車は 軽車両扱いで 自動車と同じ交通ルールが適用されるらしい。

実はわたしもこれは知らなかった。

人ごみの中で そのまま自転車を走行させたり 携帯電話をかけながらの走行はマナーとして悪いと言う認識はあったが 交通違反としてしっかり罰則が発生するらしいのだ。

他にも軽車両扱いなので 飲酒運転は禁止だし
踏切での一旦停止も義務なのだそうだ。

お酒を飲みながらの走行はわたしはないが・・いいのじゃないのかと思っていた。(^^;)
車での飲酒は悪いのは当然だから 近くの居酒屋に飲みにいくのに自転車でいって・・というのは許されるのかと思っていた。
確かに フラフラ酔っ払いながら走行されれば迷惑だし 危険だろうが・・

踏切での一旦停止は・・わたしもしていなかった。(^^;)
歩行者と同じ感覚で そのまま走っていたが・・これも当然悪いらしい。

あと知っているのは知っているのだが・・車道を走るということ。
だけど これは 車道を走っていると 車からクラクションをならされることもあるんだよね・・(ちゃんと端を走っていても 狭い道路だと歩道に上がれという感じでならされる)
まぁ それは車の運転手が無知というか 自分勝手なだけなのかもしれないが・・

高校の時 わざわざ学校に生徒の自転車が車道を走っていてジャマだからと電話がかかり 歩道を走るように指導を受けた記憶もあるんだけど・・(^^;)
まぁ・・ひょっとしたら それは2列とかになっている学生も多かったからかもしれないが。
(十分ありえることだし)

だけど 最近 自転車での事故が増えている。
しかも 死亡事故も出ている。

暴走自転車の取締りが必要になってきていると思う。

暴走自転車だけ取り締まれればいいが 中途半端なことをしていたら確かに抜け道もできるし なぁなぁがでてきてしまうかもしれない。

結局 元のルールに従って多少厳しいと思うところがあっても それを守っていく事が 自転車のマナーを向上させることになるのだろう。

携帯電話をかけながらも走行も お酒を飲んでの走行も 人ごみでのスピードを出しての暴走走行もしないが・・完璧に車と同じ交通ルールを自分が守れるかというと 正直 わかってないものも含めて・・出来るかどうかの自信はわからないのだが・・(^^;)

かすみゅんは(BlogPet)

かすみゅんは
もっとも 1時間も2時間もタクシーに乗っているわけじゃないだろうから 乗っている間くらい大人なんだからそしたらくらいすればいいというのがわたしの意見だ。
って言ってたけど…

*このエントリは、ブログペットの「みよ」が書きました。

そしたら(BlogPet)

今日ないのが根本にある警察が認められないから無罪


これに納得していかなければならない立場にあるのだろう
織原自体は この準強姦致死で


そしたら 植園のようなくだらない男もこの世から飲酒運転で事故を起こした警官が見逃すと言うもの
(事故自体は処理した関与が認められないそうだ)


*このエントリは、ブログペットの「みよ」が書きました。

名古屋などでタクシー禁煙

わたしは タバコ嫌いだから まったく問題はないし 反対に大歓迎なのだが 喫煙する人には困ることだろう。

もっとも 1時間も2時間もタクシーに乗っているわけじゃないだろうから 乗っている間くらい大人なんだからガマンくらいすればいいというのがわたしの意見だ。

タクシーはお客を目的地に運ぶことを仕事にしているわけであって タクシーという空間を客に貸し出しているわけじゃない。
他人の空間(車でも 家でも)で自分の思い通りにならないと怒ることがそもそもそおかしいと思うし ここで喫煙家は良識ある大人としてじぶんたちの立場の向上のためにスマートな態度をとって欲しいと思う。

タクシー運転手のほうもで 禁煙に関しては賛否両論あるわけだから 喫煙賛成のタクシーはそのまま喫煙専門タクシーとして残しておいてもいいのではないかとは思うが。
その場合は タクシーの色を変えるとか 大きなステッカーを貼るとかして 一目でどっちの車かわかるようにはしてもらいたいけど。
(わたしは 喫煙車には乗りたくないし)

自分の物でもないタクシーの中で わずかな時間乗って 長時間消えない臭いタバコの匂いを染み付けられるのも 後の乗客には迷惑な話しだし ましてや 運転手がタバコを吸わない人間だと ずっと迷惑だろう。
そもそも タバコは吸っている本人より 一緒にいる人間のほうにずっと害が大きいものだし そんな客と1日に何度も過ごしていれば健康を害すると言うものだから 「わたしの車ではタバコを吸って欲しくない」という運転手の車では 喫煙のガマンを強いられるのは当然のことだろう。

嫌煙家のわたしとしては 禁煙化の拡大はとても嬉しいことだが 喫煙家にはますます厳しい時代になってきているのかもしれない。

もういっそのこと 喫煙ヘルメットでも作って タバコを吸いたい人はその煙が絶対もれないヘルメットをかぶって 自分の出した煙・副煙を責任もって自分で吸い込んで外にもらさないようにすればどこでもタバコを吸ってもOKかもしれないが。
でもきっとそこまでやっても 今度は吸殻のポイ捨ては残るのだろう。

喫煙家は 今の禁煙ブームを嘆くよりも 喫煙者のマナーの悪さ(自分はマナーを守っている人でも 他人事と思わないで)をよく考えて 受け入れられない最大の原因は何かと考える時代がきていると思うべきなのじゃないだろうか。

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