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どこが分かれ目?

あの「崖っぷち犬」に飼い主が決まった。

申し込みは100人以上を超え 実際に抽選会場に来たのは10人ちょっとみたいだが・・
それでも 外れて泣く子まで現れて・・

これであの犬も飼い主の元で幸せに暮らしていければ本当にいいことだ。

だけど・・同時に あの「崖っぷち犬」の兄弟犬と思われている子は まだ引き取り手が出てきてないらしい。

ほかにもあの崖付近で保護された犬たちがいる。

みな 引き取り手はまだ現れていない。

同じ犬で・・同じ場所で保護されて・・どこで運命がこんなに分かれてしまうのだろう?
引き取り手が出てこなければ・・いま現在残っている犬たちはどうなってしまうのだろうか?

なぜ 崖っぷち犬はあんなに人気なのに ほかの子たちにはたった一人の飼い主も現れてくれないのだろうか?

やっぱり・・テレビで取り上げられたかどうか・・かな・・

うまく言えないけど・・ひどく胸が苦しくなる。

また あのニュース以来 あの崖の付近に子犬を捨てに来るばか者が複数いるらしい。

なんだろう・・あそこに捨てれば 誰か優しい飼い主が名乗り出てくれるとでも思っているのだろうか?
捨ているという自分の行為に 自己満足のベールをかけて罪の意識を減らしているのだろうか?

育てられない子犬を産ませるくらいなら なぜ避妊手術の1つもしてやらないのだろうか・・

この馬鹿飼い主たちの捨てた子犬は今 誰の引き取り手も出てこないまま保護されている。

このまま誰でも名乗り出てこなければ 「処分」という名の地獄が待っているだけだ。

そしてかすみゅんはここへ介護しなかった(BlogPet)

きのうみよが、考えっぽい介護したかも。
そしてかすみゅんの年みたいな介護するつもりだった?
そしてかすみゅんの、会話したの?
そしてここに介護しなかったー。
そしてかすみゅんはここへ介護しなかった?
そしてきょうみよがかすみゅんとしわ寄せされたみたい…


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「みよ」が書きました。

なんだか恥ずかしい・・

ハンカチ王子・・なんか ママたちにすごい人気だとか・・(^^;;
(ちなみに わたしは全然興味ない)

別に夢中になるのは いいと思う。

それこそ 個人の趣味だし 旦那をどう扱っているかとか・・それはその夫婦の問題だ。

でも 子供連れて 練習の応援にいくのが大変だから 大学側に託児所をもうけて欲しいと訴えたとか・・

うあぁ・・・・・常識ないなぁ・・・
同じ 子供をもつ親として 女として恥ずかしいなぁ・・と思った。

大学って学生が勉強するための施設じゃない。

そこに自分たちが 勝手に夢中になって 好きで集まってきているくせに託児所を作れとか・・筋違いもいいところじゃないだろうか・・

自分たちが本当に好きな人なら なんでそういう迷惑をかけることを平気でいうのだろうか・・

子連れで 練習中に来るのだって 正直言って十分邪魔だと思う。

練習中のボールが当たったら・・とか
そうじゃなくても野球の用具とかもあるだろうし
学校の施設内で どういう事故が起こるかもわからない。
(親が 他の事に夢中になって目を放していたらなおさら)

もしも事故になったときに とばっちりを受けるのは野球部であり 自分たちが応援しているハンカチ王子だろうに・・

「だから 子供が心配だから 託児所作ってくださいっていっているんでしょう」

というのは・・やっぱり 常識がないと思う。

自分たちで交代で誰かが子供を見ているとか 託児所に預けてくるとか ともかく 自分たちの負担で 人に迷惑かけることなく応援しなければならない問題じゃないのだろうか?

託児所を作るための費用は(人件費を含め)誰が出すのだろうか?

場所さえ提供してくれたら自分たちで交代で見るとか思っているのかなぁ・・
でも それなら 誰かがグラウンドと離れた別の場所(公園でも 外でも)で見ていればいいだけじゃないのだろうか。
(そもそも 場所代が 大学ならただ・・って思っているのなら図々しい限りだし)

そんな費用が出せるくらいなら 学生のために使うとか それこそ ファンなら その分野球部のために使ってくださいというのならいいけど

「自分たちのために託児所作ってください」

って・・・なんか勘違いしているんじゃないのかなぁ・・この人たち・・・

わたしも大学行ってたけど もしも わたしの大学でこういうおばさんたちが「わたしたちのために 大学の施設(の一部)を開放して 託児所作って」なんていい出したら・・・

そして その費用を わたしたちの授業料とか 寄付とか そういうもので負担することになったら・・

めちゃくちゃ腹がたつと思うなぁ・・・

大学側は 何かしら検討すると答えたみたいだけど・・

「自分で管理できないのなら学生の迷惑になるので来ないでください」

って言えばいいのに。(-_-;)
学生のための大学でしょうが。

やっぱりこういうのは辛い

ここ数日 風見しんごさんの愛娘えみるちゃんの事故・葬儀のことが報道されている。

悲しみを隠すことない・・隠すことのできない風見しんごさんの姿を見ていると本当に辛くなる。

親としては 本当に辛くて辛くて 気が狂いそうな状況なのだろう。

もしも 家をでるタイミングが ほんの5分でも 1分でも ずれていたら・・

寒いといってコートをかけてあげたその時間 もうちょっと長く抱き占めていたら・・その時間分 事故はずれていたかもしれない・・

親も 子供も何も悪くないのに いつしかそう思っている自分がいるのでは・・

「助けてあげられなくて無念で仕方ない」

その言葉に そんな気持ちが感じられて悲しくて仕方がない。

自分の子供だったら・・そう思うと 辛くて仕方がない。

朝の渋滞の時間 ちょっとでも空いた道・・早く走れる道にいきたいだろう。

ただ そうやって節約した時間が 奪ってしまった人の残りの時間ほどの価値がどこにあるというのだろうか・・・

ハンドルを握る人だけじゃなく それが車ということに限らず・・どんな(自分が)些細に思うことでさえ その行動の結果 どういう悲劇が起こるかわからない・・それをみんな常に考えていかなければならないと本当に心から思う。

悲しみに耐え その悲しみをいっぱいに 娘への愛情いっぱいに語った風見しんごさんの父親としての立派さに感銘を受けると共に えみるちゃんのご冥福を心からお祈りします。

老老介護

「今日 ○○さん 見ないわね?」
「ああ 体調が悪いから来ないそうよ」

病院での老人たちの会話・・というのをよく聞く。

1人で寂しいのか・・ともかく 老人医療を利用して寄り合いの場として病院に集まる老人たちを皮肉った・・そして 現実にある会話だ。

その老人医療も負担が変り そのしわ寄せは本当に必要な・・困っている老人・そしてその介護者たちへと来ている。

老老介護というのは 老人が老人を介護していること・・

すなわち その多くは 年いった夫婦・・夫が妻を・・妻が夫を・・というものをさす。

年をとっていけば お互いどこか悪いところがどうしても出てくる。
少しでも元気なほうが より悪い方を看なければいけない。

老人が老人を看て 病人が病人を看る・・・

そしてその先に 介護疲れと言う名の悲劇が待つことがある。

特に男性介護者は 他人の手を借りるのを嫌がる人が多いらしい。

全力で介護し ある日それに疲れてしまう。

どうしたって いつかは自分だって年をとる。

自分が年をとったときに 誰が自分を看てくれるのだろうか?
そして 年をとった相方を (自分と)誰が看てくれるのだろうか?

誰だって できるなら他人の手を煩わせたくない。

どうしたって 自分が介護する立場なら少しでも自力で・・とがんばり
自分が介護される立場なら もうこんな思いをするくらいなら・・と考えてしまう・・

むだなところに垂れ流されている税金を削り 本当に必要なところに回す必要があるだろう。

それと同時に もっと利用しやすいサービス・・そしてその考えを浸透させていく必要があるのではないかと深く考えた。

広島ドッグパークの時も(BlogPet)

今日、かすみゅんが
・・広島ドッグパークの時も (今は保健所っていわないのかな?)動物痛ましいセンターだっけ?
とか考えてたよ。

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「みよ」が書きました。

痛ましいこと

タレントの風見しんごさんの娘さんが交通事故でお亡くなりになった。

青信号でちゃんと横断歩道を渡っていての事故で 親にして見れば納得の出来ない事故(もっとも 親ならどういう状況でも納得はできないだろうけど)で 本当に痛ましい出来事だ。

ひいたトラックも 青信号で動いていたとは言え 元々 朝の通学の時間 一般車両は通行禁止の道を走っていての事故だ。

余所見だの なんだの言う前に 交通違反をしての事故だった。

だけど こんな違反をしている車は このトラック1台だけではない。
抜け道ということもあり 禁止時間に通行している車両の数は少なくないらしい。

親が芸能人・・ということで 特にニュースで取り上げられているが こういう事故は決して少なくないだろう。

事故ではないが 前にTVで一方通行の道を逆走する車両の報道をしていた。

理由は簡単・・近道になって便利だからだ。

指摘され (一応)謝る運転手もいるが 悪びれず 反対に逆切れする常識なしの運転手もいた。

自分が便利だから・・という自己中心的なことをすれば その迷惑をうけるのは他人だ。

そして こういう人たちは 他人に迷惑をかけ・・そして それが事故・事件と言う形で「自分に」返ってきて初めてわかる。
他人に迷惑をかけている時点では まったくわかってないのだ。

ちょっと前に問題になって 未だに解決していない河川敷でのゴルフの練習をする常識なしの親父連中・・

彼らもきっと 他人に怪我を負わせ それで自分が罪に問われて初めてわかるのだろう。

「ああ・・(他のヤツは平気なのに)オレは運が悪い」

・・・とでも・・

仮に 自分のやっていたことを心から反省しても・・そのときにはもう遅いのだ。

今回のことで 事故の落とし穴をもっと注目され こんな自己中心的な理由から起こる事故が1件でも減ってくれることを祈るしかない。

そして なくなったお子様のご冥福を心からお祈りします。

40にもなってダメな奴

猫を虐待したということで 40超えのバカ男が逮捕されたらしい。

無職のこの男(高柳とかいう名前だったけな)・・貰い手がなくて処分されそうになっていた猫を引き取って 口に出すにも嫌になるような虐待を加えていた・・

それも 暴れるのが面白いというバカな理由で。

気持ち悪い
虫唾が走る

言いたくないが・・・○○ばいいのに・・(-_-#)

本人や こういう奴に同調する連中に言わせれば 処分される猫を引き取ってやったんだから 生きているだけいいじゃないか

とでも言うんだろうけど そんな思考レベルしているから 今のような生活・人間関係しか築けてないんだろう。

そして その結果 こういう事件を引き起こし 暴露され 多くの人間から 異常だ・クズだと思われ ますます自分と言う人間を貶めて行くしかなくなる。

可哀想だというよりも・・哀れなほどバカだ。

動物愛護法違反くらいにしかならないわけだから どうせすぐ社会に戻ってくるんだろうけど・・こういう人間は 病院にでもいってほしい・・一生!

家族も責任もって この男の管理をしてもらいたい。
こんなのを 堂々と社会に出していていいと思っているのだろうか。
ちゃんと矯正して できないのなら生み出した責任を果たして欲しい。

動物だからいいとは思わない。

だけど 敢えて言えば

こういう思考をするやつは 最初は小さな生き物(虫とか)から始まって 猫・犬などの虐待 そして その対象がもっと大きな物・・人間・・それも 弱い子供や女にいったいりするのだ。

人間に対する犯罪を起こす前に・・というよりも もう動物虐待の段階で こんなやつ処分されちゃえばいいのに。

あーー 気持ち悪い 気持ち悪い 気持ち悪い!!><

こういう人間に対する意見はいろいろあるだろうけど・・わたしは絶対許せない。

きょうみよはお金へ注目した(BlogPet)

きょうみよはお金へ注目した?


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「みよ」が書きました。

今は保健所っていわないのかな(BlogPet)

昨日、かすみゅんが
・・広島ドッグパークの時も (今は保健所っていわないのかな?)ペット保護センターだっけ?
とか言ってた?

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「みよ」が書きました。

ペットという名前の動物1

去年の暮れに 例の広島ドッグパークの問題が起こった。

あれからどうなったのだろうか・・

ただ あの問題以外にも こういう可哀想な動物たちのニュースが流れるたびにいつも思うことがある。

崖に取り残された犬・・ニュースを見た人たちはたくさん 飼いたいと申し出たらしい・・

そういえば あの犬も もう貰い手がみつかったはずだよね。

ドッグパークの犬たちも 1日2日でかなりの人たちが集まってくれてたくさんの犬が引き取られたらしい。

そう言う人たちの善意は本当に素晴らしいと思う。
いいことだとおもう。

1匹でも 助けられる動物が助かって 自分の目に付いた動物との出会いもまた運命だと思う。

ただ・・広島ドッグパークの時も (今は保健所っていわないのかな?)動物保護センターだっけ?
そこの職員の人がTVで言っていた。

センターに保護されている動物たちも見て欲しいと。

センターでも子犬などの譲渡会をやっているが それでも貰い手がつかずに処分されていく動物たちがいる。

この子たちも見て欲しいと。

その通りだ。

テレビで報道されると どうしたって目に付いて それを可哀想だと引取りを名乗り出る人たちが殺到する。
ただ その名乗り出ている人たちの周りにも 既に保護の手を待っている動物たちはたくさんいるのだから その動物たちに目を向けて見て欲しいと・・

別に 周りの動物に目をむけず 報道されている動物を引き取る行為が悪いとは思わない。

その人が飼える限界数だってあるだろう。

その中にはいる子が 保護センターの子か 報道された子か・・

どちらも 保護の手を待っていることにはかわりないのだから。

自分が可哀想だ・・引き取りたいと思った子すべてを引き取れるのなら何も問題はないだろう。

それが出来ない以上 自分の目に止まった子・・その子だけでも助けたい・・その子を見つけたのは運命だ・・そう思うのは仕方ないんじゃないかとおもう・・

全部引き取れない だから 中途半端な善意は偽善だ・・と思い何もしない人間は・・正直わたしは 嫌いだ。

例え 100匹のうちの1匹でも助かる子がいるのなら 助けたい・・

そして その思いが強くなる出来事がこの年末に起こった。

(それは 「お月様のさがしもの」のほうで 2として書きます)

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