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子供の勉強

わたしは 子供の勉強を見れない。

勉強がわからないのではなく 上手に教えられないのだ。

結果どうなるかと言うと・・ガンガン怒ることになる。

わたし的には 分かりやすくこうして こうしたら?と説明しているのだが・・
子供はそれを理解しない。
なんで こんな簡単なことがわからないの?
となり・・・終いには イライラしてしまう。

特に 上の子は どうも理解力がイマイチな気がするが・・・

あと どうしても自分のレベルで物を考えてしまうので 子供のやる事がダメすぎてイライラしてしまう・・・・
子供のレベルに合わせなければいけないんだろうが その子供のレベルに合わせているつもりで何が悪いのかわからないから ますますイライラしてしまう。
多分・・わたしの説明は子供には難しいのだろうが・・

身内が勉強を教えると冷静になれないから ダメだというが
まさしく わたしはそうだから なるべくなら 勉強を教えたくない・・・

今日は子供が 家族の誰かの手を描かなければいけないとなった。

祖父母か両親・・ということで・・

なんで この前まで 祖父母の家にいっていたのに 描いてこなかったんだろう・・と頭痛がした。><

「ママの手を描く」

というので 描かせてみた。

ふむ・・・・最初からいっぺんに描いてしまおうと思わないで 薄く描きながら何度も描き足して 完成させるといいよ・・と見本を見せる。

だができない。

子供には難しいのだろうか・・・
手の平をこう・・少し 楕円を描くでしょう?それに 指がついている感じで描くとバランスがいいのよ・・と見本を見せる。

だができない。

あんまり口出すのも悪いかな・・黙っていよう。
と敢えて みないようにして、みる。

親指が一番でかい(長さも)絵を描いている・・・
しかも 指の根もとの高さがどれも一緒だ・・・・
おまけに 1本 変な指を描いては消したりして・・結局 描けない。

そして ついに言ってしまう。

「なんで描けないの?」

もう 娘は涙目だ・・・

こっちも またやってしまった!と思いつつも イライラしてしまう。

絵なんて 個性だ。
わたしから見たら できそこないのもみじに見えても それはそれで芸術なのかもしれない。
(だってわたしはピカソの絵なんて理解できないし)

それがわかっているのに 自分の基準でしか見れないわたしは子供の絵が許せず・・何度も自分の基準にあう手が描けるまで直させてしまう・・

いかん・・・・もう一度描かせて見るか><

広島断水?

広島で断水と聞いてびっくりしてしまった。

この前まで 大雨だ 台風だと 水害の話ばかりだったのに 水が足りなくなったのだろうか!?

・・・と思ったら 送水用トンネルの崩落事故だとか・・。

どちらにしても 3週間もかかったら 大変だろうなぁ。><

どうしたって設備は劣化していく。
安全のためにも 継続のためにも 定期的な検査は絶対必要だ。

1日の不便のために 3週間の苦労を引き換えにするなんて 起こって見ればわかることだけど・・わからなければ 「まぁ 大丈夫だろう」と思ってしまうのが普通だろうなぁ。

前にも書いたが 砂漠の国の人が
「何故 日本は 水害が起こるほど雨が降るのに 水が足りずに断水など起こるのか?」
と言っていた言葉を思いだすが・・・・

水のない深刻さを もっと真剣に考えないのは 雨に恵まれている国民ゆえなのだろうか・・・

ところで・・

ジョンベネちゃんは 犯人違っていたようで・・・

違っていても 本人が望んでいるんだから あいつはあいつで処分したらいいんじゃないだろうか・・と思ったり。

福岡高裁 国の補償とやら それでいいのか?

もうすぐ夏休みも終わり。

うちのチビたちも やっと夏休みの宿題が終わって・・・
でも 特別に学習とかやらせてなかったから 勉強大丈夫だろうか?汗

ただ・・こういう心配ができるのは 平和なことなんだろうなぁ。

今年の夏休みも (まだ終わってないのだけど)いろんな事故・事件が起こったなぁ。

やな事件ばかりだったが・・・今日の新聞にこういう記事があった。

「心神喪失福岡の男性 入院3ヶ月保障なし」

なんか言っていることは2つあって

1つは 放火未遂で捕まった男が「アルコール依存症で心神喪失状態」ということで不起訴になって入院措置になった。
・・・・ところが 男が入院が不服で抗告・・それが認められて退院したこと。

2つめは その処置を巡り 3ヵ月半入院させられた保障を受けれない・そして退院し福岡に戻る旅費もこの男が負担したということ。

・・・・はぁ?
わたしには どっちも理解できないのだが・・・

この男が放火しようとしていたのは事実で それがアルコール依存だろうがなんだろうか そこまでなるほど飲んだ責任は本人にあるのに 飲んじゃってあとは意識がなければ罪がありませーんというのなら それこそやったもん勝ちだろう。

入院する必要がない程完治しているのなら ちゃんと法的罰を受けろよ。
この事件じゃ なんか火をつけたのがガソリンじゃなく灯油だから罪が軽いと弁護人は弁護していたようだが・・なんだ そりゃ!!
(それを裁判所も認めた)

そもそも 自分で自分をコントロールできないやつを 野放しにするなよ。
心神喪失状態とやらのせいで ガソリンも灯油も区別つかなかったんだろう?火を大きくしないために・・とか思って灯油選んだわけじゃなく ただそこに灯油があったからそれをまいたってだけでしょ?
それで ガソリン使わずに灯油使ったからって・・なんだっていうの?
そもそも・・なんで こいつ 灯油に火をつけようなんて思い立つのよ。
なんとなく悪意もなく 正しい判断もできずに火をつけるような人間野放しにしようなんて・・・なに考えているわけ?

そんなことしているから 宮崎の高校生殺傷事件だって起きているんじゃないか。

そして もっとわけがわからないのが・・2つめ。

冤罪ならわかるけど・・なんで 本当に火をつけたこの男の保障をしてやらないといけないわけ?なんで!?

入院が不当という男のいい分が通った時点で 3ヵ月半の入院生活が不当だから保障がいるってことだろうか?
本当に火をつけているのに?

じゃあ 火をつけた罪はどこにいくの?

ガソリンじゃなくて 灯油だからいいわけ?

火をつけたときは心神喪失だったけど そのあと完治しただけだから 火をつけた罪は消えているわけ?

退院が認められた後も 1人で地元に帰れる状態でなかったから職員が付き添って・・その付き添い代もこの男が出したからうんぬん・・と書いているが・・1人で帰れないようなやつが なんで退院できるわけ???
何がどう完治しているわけ???

国は「精神障害者の人権に最大限配慮する」  とあるらしいが・・・

これってなんだ?
精神異常者は 健常者より優遇されて当然という意味かな?
精神異常者の人権は 健常者の人権より上であるという意味?

この男の付き添い人は

「刑事裁判で無罪になれば刑事補償法の補償もあるのに、医療観察法ではなんの支えもないまま病院から出される。入院施設の数も少なく、遠方での入院を強いられるなど課題は多い」

とか言っているが・・施設うんぬんはわかるが・・刑事裁判で無罪になればなんの罪もないと思うのはふざけているんじゃないの?
冤罪で無罪なら そりゃ補償もわかるけど 本当に犯罪おかしておいて その責任能力がないから無罪なんていっているやつに なんで補償なんてしないといけないの?
医療観察なんて そんなやつばかりじゃない。
そんなの家族が出すか 家族がいなければ自分の生活保護費削って当然なんじゃないの?
いやなら そのままずっと病院にはいっていればいいじゃない。
そもそも その病院代だって 税金でわたしたちが出しているわけなのに!

もともと 心神喪失状態の犯行は罪にならないなんて わたしは思ってない。
人殺したら 精神異常だろうが 心神喪失だろうが 夢遊病だろうが 遠慮なく死刑になってくれと思う。
(反対に無差別にやる分だけ 恨みや正当防衛で・・というのより悪質すぎる)

なんで そんなやつの補償を ちゃんと働いて 自分の生活だって苦しいのに税金払っているこっちのお金から出すって言うんだ。

こんな言い分が通るなら さぞ 福岡の飲酒運転の22の男も口惜しがるだろう。
自己管理もできず アルコール依存症になるまで飲み続けてしまえば 放火しようが無罪になるのに 普段自己コントロールして 一次的な泥酔状態にしかならない通常の人間は どんな小さな事故・事件でも起こした時点でアウトなんだからな。

もっとも こいつは小さな事故じゃないけどね。
その飲酒運転・・・

福岡の3児・飲酒運転の犠牲・・お通夜が行われた。
父親がTVに出ていたが・・あの冷静さは もうすごいなとしか言いようがない。(きっと心中は穏やかじゃないだろうが)
わたしならできるだろうか・・といえば・・無理だろうなぁ。
あんなに冷静に 静かにコメントすることができることがどれだけ辛くてすごいことか想像できるだけに その気持ちを思うとやるせない。

犯人は 結局 19歳の少年と同乗していて、この19歳の方も歩くのもフラフラなくらい泥酔していたらしい。
未成年にお酒を飲ませ(もっとも この19歳だって子供じゃないんだから自分で酒を飲む・飲酒運転の車に乗る・また運転させる という行為に関しては同罪だ) しかも ただのドライブのために運転・・・福岡市職員は その2日前にも飲酒運転で事故を起こし 通達を受けていたくせに・・・

暗い海の中に 子供を救うために4度ももぐった母親。

妻から受け取った子供(二人)を 自分の頭の上に持ち上げ、立ち泳ぎを続けた父親。

その一方 カラオケ・スナックで馬鹿のみをし 泥酔しているくせにドライブだの言って 車を走らせた男。
そして それに 馬鹿面さげて乗っていた男。

自分たちが事故を起こしたくせに 助けもせずにその場を逃げ出し 車が動かなくなって捕まった男たち。

(ネットの配信ニュースを見ている限り)
「どっちが運転していたか覚えてない」だの
「自分が公務員なのがばれるのが怖かった」だの
19歳の少年が同乗していたのを隠そうともしたとか・・?

自分のことばっかり!!

はぁ・・・・

うちがこんな事故に巻き込まれたどうなっていたのだろうか・・

旦那は泳げる人だけど わたしは泳げない。

まずは旦那に 「わたしは 大人だから自分でどうにかするからまずは子供を助けにいってね」 と言っておいた。

泳げないと泳ぎの常識さえわからない。
水深6m・・・・6mっていったら わたしでも 息つぎなしでいける距離なのに 水底に沈んだ車には届かないものなんだ?夜で暗かったから?と旦那に聞いた。

「水深が6mとなると 浮力がかかって 多分 もう先に体が進まなくなってしまうんじゃないのかな」

と言っていた。

なるほど・・・・そうなんだ・・・

たった6m・・・でも その6mが すごく大きいのか・・・・

そのたった6mの大きさを本当に知らなくちゃいけないのは この22と19の二人の酔っ払い男だな。

大馬鹿市職員

夏休み最期の土日。

親もラストスパートとばかりに 子供を遊びに連れて行く。

そんな中 福岡で悲しい事故(事件か・・?)が起こった。

親子でカブトムシ取りにいった帰り 1台の車が追突して その親子の車が海に墜落してしまったのだ。

結果・・・両親は助かったが・・子供3人が死んでしまった・・・
(母親が 4度も海に潜り子供を救出したのだが・・あんまりにも辛すぎる)

追突した大馬鹿者は 福岡市職員(22)だ。

この市職員の救いようがないのは ろくにしゃべれない程 ベロンベロンによっぱらっていたこと。

そして

追突して 相手の車が海中に落ちたと言うのに その場を逃走したことだ!!

福岡市役所!!!!!!
(あ・・市役所じゃないかな?

福岡市西部動物管理センター職員 となっている)
お前のところはどういう人間を雇っているんだ!!!

泥酔するほど友人と飲み明かし 車を運転しているというのはどういうことだ?

自分が追突した車が海中に落ちたと言うのに 救助もしないで逃げ出すというのはどういうことだ?

こんなやつの給料に わたしたちは税金を払っているのか?(ーー;)

こいつ ブレーキも踏むことなく 相手の車に追突しているんだよ・・。
そして 逃げ出して 車が動かなくなって捕まっている・・・

なんで 生きているんだろう・・こいつ・・・・・・・・・

福岡市は オリンピックだなんだいってないで 職員の教育から しっかりすればいいのに。

他人事の日経新聞(BlogPet)

たくさんいて、よく車に轢かれ 無駄に消えていくより有意義だと言えるだろう・・
心が・・・


鶏の死骸を発見することだ


そもそも・・
この坂東 どうも前からコラムなど食べれないのか・・
この問題に電話した・・
じゃあ 子供を間違った方向に発揮しているのは・・
どうなんだ?


どう考えても 未だに生きている時の想像ができる骨付きとか姿そのままとかをいし あんなコラムを載せることでしょう?

どうもこの女は・・・・


こういう女には責任ありません
と、みよが考えたの。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「みよ」が書きました。

他人事の日経新聞

猫殺し作家・坂東真砂子 のことを書くのもこれでひとまず最期になるとおもう。(というか さすがに最期にしたい)

日経のコメントも昨日の新聞に載っていたが・・

「原稿の内容は、筆者の自主性を尊重している。今回の原稿も事前に担当者が筆者に内容を確認したうえで掲載した。様々なご意見は真摯に受け止めたい」

としていたが・・・内容は筆者の自主性を・・ということは 内容自体にはわが社には責任ありませんよ、と言っているように見えるのだが?

そもそも 日経の担当者(文化部のK氏ですか?)事前に内容を確認し、日経として紙面に載せることを合意して掲載しているんでしょう?

うちは日経新聞を取っていないし あんなコラムを載せるような新聞を取る気もないが WEBサイトにいったところ TOPにこの問題に触れている箇所は見れなかった。(少なくても わたしは気が付かなかった。社会面にまるで他人事にニュースの1つとして載っているのはわかったが、見事な他人事だと笑ってしまった)

自費出版物でもあるまいし 自分のところが載せた記事への責任を筆者だけに押し付けておけばいいと思っているのはどういう考えだろうか?

日本でも十分動物虐待に当たると思うが 坂東の住んでいるタヒチはフランス領・・そのフランスでは自分の家で生まれた犬・猫を捨てただけで執行猶予なしの禁固2年の実刑になるという刑法に触れているというのに・・
いわばその犯罪者の告白文を コラムなどという方法で社会に垂れ流した責任の自覚がどうもないようだ。

そもそも・・この坂東 どうも前からコラムなどで いろんなことを書いているよう・・・今回の猫殺しで明らかになった 以前の犬殺し発言・・

なんで その時はスルーされたのだろうか?汗

どうもこの女は 犬殺しの時から学習能力がなく しかもそれを間違った方向に発揮しているように見えるが・・・

猫殺しの時と同じ 発情期が来て妊娠した・・子供が死んだ(犬の時は最初は事故?)・・次の発情期が来た・・また出産した・・・涙を呑んで子供を殺した(?)・・また発情期が来た・・じゃあ 子供を殺しましょう・・の繰り返し。

犬殺しの文を見れば分かるのだが・・その問題点を なんか 妙な感傷的なテーマに置き変えてうっとり思いだしているのだ・・気持ち悪い・・・

もう1つ 坂東が病んでいると思った文章が出てきた。

「ドライブの楽しみは、鶏の死骸を発見することだ。私の住むタヒチ島では、野生の鶏がたくさんいて、よく車に撥ねられて死んでいる。それを拾って、新鮮ならば食用に、傷んでいれば犬の餌にするのだ。(以下略)」

・・・・ドライブの楽しみは 車を走らせることであり その走り去る風景を眺めること・・などではないのか・・この女には・・・

死んでいる動物を その死を無駄にせず利用しようとする考えは(自分ができるかはともかくとして)別に異論はない。

わたしが昔 肉や魚が食べれなかったとき よく周りの人間から

「あんたは可哀想というけど あんたが食べないでも もう肉として並んでいる動物がいるんだから 本当に可哀想だと思うのならその動物たちを食べて供養してあげることだ」

と説教を受けたもんだ。
(それでも 未だに生きている時の想像ができる骨付きとか姿そのままとか食べれないのだが)

だから 道路で車に轢かれて既に死んでいる鶏を 食用にしていると宣言されても (うえ・・)と思っても 別にそれを非難する気は全くない。
むしろ 道路の次々車に轢かれ 無駄に消えていくより有意義だと言えるだろう。

だけど・・・それを見つけるのが楽しみだ・・・というのは・・どうなんだ?

どう考えても・・病んでいるだろう・・心が・・・

鶏の死骸を探して 車を走らせているのか・・この女は・・・・

こういう女にエッセイを書かせて 日経は一体 その紙面で何を訴えたいわけ?

ちゃんと説明しろよ 新聞社なら。
(ちなみに 日経へのメールは こちらから おくれます。
当然わたしは既に送っています。汗)

ああ・・でも この日経新聞 他の人が読者対応センターに電話かけたときに 「謝罪も訂正も紙面で書きません。関係ありません」
と言い放った経歴があるなぁ・・・(21日段階で)
すごいクズです。信じられません。
挙句に電話した人に「あなた頭おかしいですね」と言ったとか。
対応センターというのは 何を対応するつもりで設けているのでしょうか?日経は。
ちなみに この読者を頭がおかしい扱いするセンターへの電話番号は03-3270-0251です。
担当責任者は 文化部K賀となっていましが・・これは坂東のコラム担当者のことでしょうか?(・_・)

猫の出産・・その後の子猫のことでは わたし自身 辛い過去があるので
それを書く事ができるか・・できたら どこかにかける日がくるといいが・・と思いつつ その自分の思いや罪悪感を思うと この呵責の念も感じないコラムを書く神経も それを載せる神経も疑わずにはいられない。

子猫殺し作家の言い分

今日 新聞に坂東真砂子のあの猫殺しエッセイに対する非難への言い分が載っていた。(うちのは日経じゃないけど)

「タヒチ島に住んで8年。人も動物も含めた意味で『生』ひいては『死』を深く考えるようになった。『子猫殺し』はその線上にある。動物にとって生きるとは何かという姿勢から、わたしの考えを表明した。人間の生、豊穣性にも通じ、生きる意味が不明になりつつある現代社会にとって、大きな問題だと思っているからだ」

え?
寝言?戯言?電波発言?(・_・)

生と死を深く考えると 生まれたばかりの生命を自分の勝手で踏みにじっていいと言う結論に達するわけ?

しかも「人間の生、豊穣性にも通じ・・」なんて発言しているということは それは 人間にも当てはまる っていっているんでしょ?

つまり もしも 自分の娘を社会と隔絶して育て その子が SEXとか何か 子供をうむということは何か その結果 どういう物が待っているのかを正しく認識できてない状態になったときに 性への行為を禁止させるのは可愛そうだからSEXさせて でも生まれた子供は育てられないから 殺しちゃいましょう・・・という発想が 「人間の生」であり「豊穣性」だと?

意味わかりませーーーん。(・_・)

「生きる意味が不明になりつつある現代社会にとって大きな問題」って
この女のような考えが増えていることその物が 現代社会の膿であり問題点なんじゃないの?

自分以外の命を 軽んじ その決定権を自分が持つというまるで自分というものを勘違いしちゃっているどころか 自分の歪んだ思想に常識の通じない誇りさえもって反省しない大ばか者。

こういうやつらこそ 凶悪犯罪者の姿そのものじゃないわけ?(・_・)

違うというのなら ああいうやつらの思想とどう違うのか是非教えてもらいたいもんだ。

「動物にとって生きるとはなにか」

なんだと思っているんだろう?

セックスすること?
そして子さえうめば その生が継続できなくてもなんでもいいとでも?

動物にとって生きることって 誰が考えても 少なくても 「自分の種を次の世代・その次の世代に残していくこと」じゃないの?

別に 生まれた子が死んでもいいけど SEXしたいでーす!っていうのは
こういう女のような人間だけが持つSEX依存症の人間の思想じゃないの?

そりゃ 動物は 自分の行為が 何を意味するか なんて自覚はないかもしれない。
けど 誰から教わるでもないのに 子孫を残す術を自然にくりかえしていくその行為こそ 大きな目で見た時の 「生き物の生」じゃないの?

ここで きっとこの坂東真砂子という女は 「子孫を残す術って SEXでしょ?じゃあ わたしがやっていることあっているじゃないの」とか寝言いうんだろうけどね・・・

「子孫を残す術」っていうのは 性行為そのものだけじゃなく その子が生きていくために 例えば カメが砂浜に産みに来ること・・木の上に卵をうみつけるカエルが 孵ったおたまじゃくしが水に落ちるように水面に突き出した枝に産みつけること・・うんだ子が 少しでも自然界の生存競争で生き残っていけるようにと工夫すること全てを含めて言うことじゃないの?

この人のこと よくしらなかったけど

児童文学でデビューしたの?

作家の人間性をいくらでも偽って 嘘っぱちな話しでもかけるだろうけど 猫殺し作家の書いた本なんて 子供には読ませられないよね~。

ホラー作家に代わったのは 自分にあった世界と言う意味では正しい選択かも知れないけど ・・・

何かこの人の人間性がわかる自伝がどうも出ているらしいね。
わたしは この人の本なんて見たくもないし どうも この「わたし・・」という本は決してお奨めしたい類の本でもないようなので 読まないけどね。

こちらのサイト様に その本の評価・内容紹介などが載っているので気になる方は是非そちらのサイト様に見に行って見てください。

ネコ殺し作家・・

夏休みももうすぐ終わり。
我が家では 子供たちが夏休みの宿題のラストスパートで ごく日常の平和な光景が広がっている。

わたしはそんな子供たちに宿題をさせながら のんびりとメロパークでアイテム集めを兼ねて ブログを飛び回っていて・・ネットじゃ有名になっているというこの話題を 今日はじめて知ったのだ・・・

作家の坂東眞砂子が 8/18(?)の日経新聞で子猫殺しをしているというコラムを書いていたという話だ。

(抜粋なので全部は 日経新聞を見るか トラックバック先様に読みに行ってください。)

「そんなこと承知で打ち明けるが、私は子猫を殺している。
家の隣の崖の下がちょうど空地になっているので、生れ落ちるや、
そこに放り投げるのである。」

「子猫の死骸が増えたとて、人間の生活環境に被害は及ぼさない。
自然に還るだけだ。」

「子猫が野良猫となると、人間の生活環境を害する。
だから社会的責任として、育てられない子猫は、最初から生まないように手術する。
私は、これに異を唱えるものではない。
ただ、この問題に関しては、生まれてすぐの子猫を殺しても同じことだ。
子種を殺すか、できた子を殺すかの差だ。」

「そして、この差の間には、親猫にとっての「生」の経験の有無、子猫にとっては、殺されるという悲劇が横たわっている。
どっちがいいとか、悪いとか、いえるものではない。」

「人は他の生き物に対して、避妊手術を行う権利などない。
生まれた子を殺す権利もない。
それでも、愛玩のために生き物を飼いたいならば、飼い主としては、自分のより納得できる道を選択するしかない。
私は自分の育ててきた猫の「生」の充実を選び、社会に対する責任として子殺しを選択した。
もちろん、それに伴う殺しの痛み、悲しみも引き受けてのことである」

             (作家の言葉)

まずは・・・日経は何を考えて こんなコラムを載せたのだろうか。
作家同様 その発言の責任を追う覚悟があるのだろうか。
私から見たら 猟奇殺人犯が 昔動物殺しをしていて そのときの自分の心境を誇らしげに語っているかのような感覚を覚える。
これを載せて・・・何を求めているのだろうか?
読者が共感するとでも?
それとも こういう歪んだ人間の心理と言うものを世間に知らしめたいとでも思っているのだろうか?

この作家の考え・行動に賛同するか どうかは 人それぞれの考えがあるだろう。
実際 生まれた猫・犬を捨てたり 保健所で処分してもらったり・・という人間は決して少なくはないだろうしね。

そこにはいろんな理由があるだろう。
生まれたら全部飼え!とはいえない。

ただ わたしは 飼うなら命の責任をもて!
もてないなら避妊手術をちゃんとしろ!
自分のやっていることを正当化したり 弁解したりするな!!

と思うね。

この作家は 避妊手術は親猫の性の経験の有無を奪うもので・・とか言っているが そもそも自分が動物を飼うという 既に自然界においての動物の正しい生態系を奪っておいて・・・なんで そこだけに動物の権利を主張しているのか・・・
人間が不当に動物の正しい生態系を狂わしておいて その人間生活にどっぷり浸って その上にあぐらをかきながら「ペット」というものを飼っておきながら・・何を寝ごといっているのだろうか・・この女は・・・

おまけに・・子種を断つのも 生まれた命を殺すのも 同じ?

同じなのか!?

わたしは自分自身避妊手術をしているぞ。

それは 妊娠しやすい自分が 自分が育てられる許容範囲を超えて妊娠してしまうこと・・中絶しないでいいように・・という思いからだ。
(無理してうんだら経済的・精神的にきついと思うから)

そのわたしの行為が 虐待なんかで子供を殺している人間と 同等だといいたいのだろうか?

人を馬鹿にするのにほどにしろー!
どれだけ 考えて選択したと思っているんだ!
芽生えた命を消さないでいいように 自分の身体を傷つけて 女として生命を生み出すっていう機能を封印してでもこっちは 避妊手術を選んでいるんだ!!
わたしはネコじゃないが 子供を殺すくらいなら自分の女としての機能を封印するというほうを選んでいるんだ!!

この作家は 人間としても 女としても まともな思考すらもっていないのだろうか。
怒りを通り越して 吐き気すら覚える!

なら 生まれた命を その小さな命が抗う力もないまま大きな力で消し去る行為・・・この女は 最近起こっている子供への卑劣で身勝手な犯罪を まぁ仕方ないじゃないか・・と思えるということか?

子供の生命の選択権は より大きな力を持つもの・・それが ペットにおける飼い主であり 子供における親に 委ねられていると言いたいのか?

まぁ・・実際 その命を守れるかどうかっていうのは 親や飼い主に100%委ねられているもんだが だから 消してしまっていいと思っている奴がいるとは驚きだ。

「もし猫が言葉を話せるならば、避妊手術なんかされたくない、子を産みたいというだろう。」

とも言っているが じゃあ 「子供を殺してもいいですよ」と言うとでも思っているのだろうか?
この作家は 自分が本当に猫の気持ちが分かるとでも思っているのだろうか?(言うかもしれないし 言わないかもしれない。ネコの気持ちがわかっていると思っている時点で 何か自分を勘違いしているとしかおもえない)

ソロモン王にでもなったつもりだろうか?

「こんなことを書いたら、どんなに糾弾されるかわかっている。」

分かってて書いているのは立派なもんだ・・というよりも
じゃあ なんで書いたのだろうか?
この女は・・・
犯罪者が 自分のやっていることを 「悪いことは分かっている」といいながら実は自分に酔って 自分の思想・行動を鼻高々に吹聴しているのと同様にしか見えないのだが。

ひとから糾弾されるものだとわかっているのなら

なんで 糾弾されるのだろうか。
自分が正しいと思っている事が 本当に正しいのだろうか。
自分は正常なのだろうか。

と自問してみようと思わないのだろうか?
多数意見が正しいわけではないが 反対に少数意見が正しいわけでもない。
反対する人間がいるのなら 何故 反対するのかを考えるのが大事なんじゃないのだろうか・・・まぁ・・考えても この程度の結論しか導き出せなかったんだろうけどね・・この人は・・・

「世の動物愛護家には、鬼畜のように罵倒されるだろう。」

昔にニフティの子育てフォーラムにいた 自分が動物嫌いだから 歩いている動物を見たらひき殺してやるといった馬鹿親なら 同意してくれるだろうな。

まぁ・・ともかく・・わたしは もう二度と この女の作品は買わないことにしよう。
この女にはいる印税で この女が肥え太りながら 子猫をつまんでは崖下に投げ捨て 自分に酔いながら 「ああ 可愛そうだけどわたしは他人から非難されても自分の考えを通すわ。だって親ネコの性の有無を奪うなんて罪ですもの」などと言っている女の足元にたくさんの動物の死骸が積み重なって行くのを想像するだけで 寒気がする。

ホラー作家なんだし 自分の日常や精神状態を そのまま書けば立派な猟奇小説のできあがりじゃないの。

あ・・そういえば 問題のコラムを載せた日経新聞の対応も最低のようですね。
「ころしているのは作家さんで うちじゃないですから」というような対応しかしてないみたいです。

この方が よくリポートしてくださっています。
リンクをそのままお借りしました。ありがとうございます。

命の責任

まずは 余談・・

別のブログでも書いているけど 
今流れているボーダフォン(ソフトバンク)のCMは最低だと思う。
よく この子供への性犯罪の多い時代 あんなべったりいやらしいCMを放送できるもんだ。
そもそも・・作ろうと発想できる常識がわからない!!
早くあのCM終わればいいのに!!!

今日は ジョンベネちゃんの犯人も捕まったと報道されている。
犯人は・・・小学校教師
あの事件じゃ 両親が犯人だって疑われていたんだよね。
まぁ・・状況が状況だったし・・<家の地下室とか
親にして見れば自分の子供が殺されただけで辛いのに その犯人だって疑われればもっと辛いけど・・真実は犯人と被害者以外わからないんだし・・いろんな可能性を疑わないと・・っていう辛い現実はあるかな・・

実際・・親の子殺しも多いしね・・・

さて・・本題。

夕べ 寝ていていきなり 何故か 子供の時のある出来事を思いだしてしまった。

わたしが小学校5・6年くらいのことだったかな・・中学1年くらいだったかも。

何かの雑誌の記事に たくさんの捨て犬を保護して飼っている人の話が載っていた。エサ代だけでもすごく大変で 寄付など受け付けますという内容もあって 当時私は 自分のお小遣いから 寄付をおくっていたりした。

うちにもずっと犬がいたけど たくさんの可哀想な犬やネコを保護するなんて 子供だったわたしには無理な話しだったから それを実践している人の話しには感動したし 何か手伝いたいと思った。

小学生のお小遣いなんて たかがしれているから ドックフード1袋分くらいにしかならない金額だっただろうけど。

寄付を始めて しばらくして(1年はたってなかったとおもう) その犬を保護している人から手紙が来た。

「たくさんの犬を飼うことが無理になったので このこたちを安楽死させようとおもっています。その費用の寄付をお願いします」

という内容だった。

飼えなくなった理由というのは たぶん 経済的な問題もあるし 犬の鳴き声とか匂いとかの近所との問題もあったんじゃないかな。
(書いてあったとは思うけど詳しくは覚えていない)

その時 わたしは

「わたしは犬たちを生かすための寄付をしているので 殺すための寄付はしたくありません。人間の都合で動物の命を奪うくらいなら どこかに放して 生きる可能性を残してあげてください」

と書いて送り返した。

まぁ・・・子供だったね・・犬を放せというのも・・(^^;

あのころは まだ野良犬も多かったから 街に犬がいるというのも 子供の目には普通だったから エサをもらえなくなるという犬の事情だけ見て それでも放して生かしてあげて欲しい と思ったわけだけど

大人の事情としては 犬を放す=エサをもらえない犬が困る じゃなく
犬を放す=野良犬を増やして人間が困る と取って殺すことを選んだわけだな。

ちょっと前に 多数の犬を公園で置き去りにした夫婦が警察に捕まっていたな・・

安楽死の選択は 未だに賛成はできないけど 放すという子供の考えも・・無茶なことをいったもんだと今はわかる。(-_-;)

ただ・・大人になった今 思うのは あの犬たちを保護していた人たちも 考えが幼すぎたんだろうな・・と思う。

かわいそうだから 拾ってあげよう ・・と思うのは 子供の発想だ。

大人なら かわいそうだけど自分が面倒みれるかどうか判断を冷静にして対処するべきだと思う。

別に じゃあ 拾うなというわけじゃない。

自分が面倒を見れる限界をちゃんとわきまえて それ以上は 飼い主を探す運動をすればよかったのだ。

雑誌で 犬の餌代をください という前に 1匹でももらってくれる人を探しています と出すべきだったのだ。

安楽死も選択も やはり 今でも賛成はしない。
彼らは 命を引き受けた責任がある。

飼えなくなりました。
じゃあ 少しでも 苦しまないように安楽死します。

じゃなくて・・・1匹でも 多くの飼い主を探す努力をするべきだったのだ。

(してないと決め付けるのは 少なくてもわたしがもらった手紙にはそんなこと書いてなかったから。探しているなら 安楽死のお金をくださいという前に 1匹でも引き取れませんか?と書いているべきだ)

そして 親になった今 思うことは

子供に安楽死の寄付を求めるなーー!!!!!

寄付をこれ以上送ってこないように断るために 事情を話すことは必要かもしれない。
正直に話すか 子供には 事情でこれ以上の寄付は必要なくなりました・・と濁すのがいいのか・・正直どっちかは 迷うところだけど・・
子供に安楽死のお金を出させようという根性だけは絶対に認めたくない。

実際 わたしはすごくショックを受けた。
最初は命を慈しんでいる行為に感動して自分からお金を出した。
その同じ人の口から命をつぶすためのお金をくれといわれることが子供の心に何を残すか(それは人それぞれだろうけど)少しは考えろ!と思う。

わたしは犬の話を子供雑誌で読んだ。
つまり 寄付してくる人間には子供がいたことはわかっていたし そもそも 寄付してくれた人の情報くらいちゃんと管理してなかったんだろうか。
住所と名前は記録していたのはわかるけど(こっちの安楽死寄付の請求贈ってきたんだし) そこに年齢とかそういう項目もつくってなかったのかな。

何故 もう 何十年も前のこともいきなり思いだしたのか・・
わからないけど 寝る前に悲しくなってしまった・・・( ┰_┰)

海外旅行

夏休みにも入って お盆も近づいてきて・・

海外旅行に行く人もますます増えているだろうに また不穏なニュースが・・

テロ。

自分のいい分を主張するのはかまわないけど 他人を巻き込むなよ。
他人の命を犠牲にしなければならない理想なら やめてしまえばいいのに。

自分たちがかなえようとしている理想だって 力で踏みにじられてきたものだろうに なんで その理想を実現するために新たな血を流そうとするのかなぁ・・・

平和な日本で暮らしている人間には分からない・・と言われてしまえばその通りかもしれないけど・・
母親が 平和な世界で子供を育てて行きたいと願う思いに国境も違いもあるのかな。
自分で勝手に抗議自殺をするのとかは止めないけど 無差別に血を流すのはやめてもらいたいもんだ。

2年前かな。
懸賞でアメリカ旅行があたって ロサンゼルスにいったけど テロ警戒中と言えど アメリカの空港もかなり落ち着いてきたように見えた。
(まぁ それでも あっちいかされたり こっちいかされり 空港の中走り回ったけど汗)
落ち着いてきたときだからこそ また 人の心のすきを突こうってやつが動き出すんだろけど・・

もう 旅行を申し込んじゃった人たちは気が気じゃないだろうなぁ。

取りやめる人もいるのかもしれないけど そのまま行く人もいるだろうし。

みんなが無事に 楽しんで帰ってきますように。
(ちなみに 羽目はずして 馬鹿なことをする日本人がいませんように)

子供の鼻血(BlogPet)

今日、かすみゅんが
言いたいことがうまく表現できないけど・・悪いと言うことはわかっていても 子供を走ってはいけません!
とか思ってるよ。

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「みよ」が書きました。

万引き・・

TV番組のコーナーで 中高年の万引きが増えている・・という特集をたまに組む。

多分・・大人の万引き自体も 昔からもあったんだろうけど最近特に増えているとか。

なんか 見ていると とる必要もないのに取っちゃう人が多いような・・

食べる物がなくて困って・・とかいうんじゃなくて お酒とか時計とかなくてもいいものとか 2000円分買い物して 100円のものを取っているとか・・

子供なんか 遊び半分で・・というのは多いみたいだけど いい年した大人のこれは・・なんなんだろうか・・

どこか精神的に病んでいるのかな・・・

悪いことだとはわかっているが たかがこれくらい と思って 事が大きくなるまで 自分で痛い目にあうまで 重大さに気がつかないと言うことはあると思う。

たかがこれくらいの の基準は人それぞれだろう。

そう思えば わたしにだって たかがこれくらい と思ってやってしまってきた過ちも 今現在やってしまっていることだってあると思う。

それが たかがこれくらいじゃないんだ わかった時に ちゃんと改められなければ・・いい年して どうしようもないかな・・・

万引きに話しを戻すと わたしは自分の子供たちは心配なので目を光らせている。

万引きするような子・・というよりも 小さい時から 甘い祖父母の元で お店に行けば 欲しいままに買ってもらえているあの子たちに
(・・というか 祖父母には注意しているんだけどねぇ・・・(-_-;))
正しい認識がどこまでできているのか・・というのが 不安に思うからだ。

お金を払わずにとることが 悪い事だってわかってはいても どこまでその重大さを認識しているかは 正直わからない。

オーバーな・・と思われるかもしれないけど 店に行けば結構非常識な子供がいるもんだ。

例えば・・お金を払う前に・・店の商品を食べちゃう。(いるんだよ・・まじで)
親の方も 「もう 仕方ないわね!食べちゃったら買うしかないじゃない!」
とかいって お金払って済ませているが(レジなんかで 「これ 子供が食べちゃったから一緒に会計して」とか言っている親みない?)
それ おかしいでしょう・・(・_・)

金払えばいいでしょ と思うかもしれないけど お金払う前は店の物なんだから 勝手に食わせるなよ・・

お金払うからいいでしょ!じゃなく お金払う前に自分のものにするなということを教えないと 子供にしてみたらきっと お金払えば先に食べてもいいんだ という認識にしかならないはずだ。(同時に先に食べれば買ってもらえると・・)

それは子供のせいというよりも その常識をしっかり子供に教えない親のせいだと思うな・・
一度目は仕方ない・・子供がわからなかったんだし 親もまさか子供がそんなことしでかすとは思ってなかったんだろう。
でも 2度目がないように しっかり教え込むべきだと思う。

うちの子がこれやったら・・・・・まずは お金払ったその商品は取り上げるな。そんなことして手にいれた物が自分の物になるなんて思わせないために。

ちなみに わたしは 例え買ったものでも 店から出るまでは 食べさせない。
何故か・・と言えば・・単に それがわたしが 当たり前だと思っている常識で こうだからこう・・という考えがあってやっているというよりも 当然でしょうと自然のことのようになっている行動だから説明のしようはない。
強いて言えば・・店の中でそこで買ったものをすぐ食べるのは行儀が悪い・・と思うことと 店の人から見たら清算したものか そうじゃないのか紛らわしい・見ている人(特に子供に) それが当たり前のことだと思われる行動を見せたくない・・・というところだろうか。

売り物をペタペタ触る子供も パックしている商品にブスブス穴を開ける子供も・・
一度手に持った商品を 「やっぱりやめた」と適当な所において いっちゃうやつは 大人も子供も多い・・
迷惑なのは当然だけど 商品によってはダメになるんだからそれも立派な犯罪でしょう。(生ものを日用雑貨のところにおいてたり)

それが悪いことだと認識できてない小さな子供もいるだろうし 悪いとはわかっていても 怒られたらごめんなさい で 済ませられる程度だと思っている子も多いだろう。

うーん・・・・・言いたいことがうまく表現できないけど・・
悪いと言うことはわかっていても 廊下を走ってはいけません!のレベルとどう違うのか・・そして 何故いけないのか そこを深く考えるだけの思考が育ってない・・その程度の罪悪感しかない・・という感じかな・・・

(廊下を走るなというのだって うるさいとかいうレベルだけじゃなくて 出会い頭にぶつかったりしたら 当たり所や場所=階段とか によっては大怪我に繋がるから・・っていう意味もあるんだけど・・子供はそこまで理解しているのかなぁ)

大人の万引き見ていると・・・どうも そのあたりが 子供のレベルと同じような気がする・・

捕まって「会社をクビになっちゃうから許してください」
とかいっているおじさんがいたが・・・万引き被害でつぶれる店もあるということがわかっているんだろうか・・

女性なんかは 更年期障害なんかで 精神的不安定から 万引きなどの行為に走っちゃう人もいるみたいだけど・・・泣いて謝る家族のためにも 本人のためにも そんな症状治まってくれるといいなぁ・・

プール調査

プール事故で 全国でもプールの吸水・排水口のフタのチェックが行われた。

なんと 福岡では不備のあった学校・公営プールは 149もあった・・・

九州じゃ 大分と宮崎がどっちも0だったけど・・・。

福岡の方が教育が進んでいるとか言われているけど・・なんか根本的なところが抜けていたら意味ない気もするなぁ。

そもそも 私は大分出身なんだけど 子供を福岡の学校にいかせていて うーん・・・というものがあった。

まぁ・・安全というよりも・・・衛生面なんだよね・・プールの。

今年は大丈夫だったけど 2年連続 なんと頭シラミをもらってきたのだ。(^^;

プールでシラミ・・・
いや・・あるかもしれないけど わたしが子供の時だってそんなことは1度もなかった。

うちの学校に誰かシラミをもっている子でもいるというのだろうか・・
と 毎年頭痛めていたんだけど・・・

学校プールでシラミをもらうということは 普通なことなの?(-_-;)

去年は 夏休み中のプール監視にいって 実情は知っているけど
子供の学校の場合 (多分)大学生のアルバイトの子が二人とお母さんが二人の計4人が監視に着く。

でも 当然 お母さんたちは服のまま。

アルバイトの子は・・・うーん・・どうなんだろうなぁ・・・

さぼっているというほどではないけど やっぱり 同じバイトの子と結構話ししてたりして・・プールの各所に着いている・・というよりも 休憩所に座ってみている(当然親も)って感じかな。

先生は・・・・こなかったなぁ・・・・

よく考えたら・・かなり いい加減な監視だなぁ。(-_-;)
どこの学校も同じようなものなのかな・・他の学校知らないけど・・

学校プールの事故も多いと言うけど あれじゃ 確かに起こるかも。

お母さんたちも いくら我が子の監視と言えど まさか事故なんて起きるとは思ってないから 呑気に話ししているし・・
(わたしはママさん会話が苦手だから 話しはしないけど・・)
日陰に座りこんでいるし・・

子供たちがプールで悪ふざけしていても あまり注意もしてなかったなぁ。

わたしはそういうの大嫌いだから ガンガン怒りにいっていたけど・・
わたしだけが怒り役買っていたから 当時は 怖いお母さんだ・・と思われたのかなぁ・・と正直へこんだが・・

よく考えたら 事故を未然に防ぐためにも これくらい・・と思わずに 危ない行為には強く注意しないといけないじゃないか!

先生たちも 自分がアルバイト代払っているわけじゃいし・・と思っているのか知らないけど 本当にアルバイト学生がちゃんとやっているか 必ず1人は監視につくべきじゃないのかなぁ。

うちは わたしが当番の時以外は 子供を夏休みの学校プールにはいかせないけど ああいう監視体制じゃ やっぱり 夏休みの学校プールの利用はやめよう。

そもそも・・すごく汚いし・・

子供の鼻血

プール事故の告別式の映像が何度もTVで流れるけど

やっぱり辛い!!!!!!

もう何度見ても 涙がでそうになる!!><

ご両親の悲しみ見ていると・・・本当に辛い。
もう 本当に自治体 もっと真剣に考えろ!!

秋田警察のほうも・・捜査・態度の悪さが報道されまくっているし・・
監禁事件では大阪府警も 捜査のまずさが報道されている・・

もう・・なんなんだろうなぁ・・・・・

本題・・先日 旦那と子供だけで 旦那の実家にお泊まりにいった。

そしたら・・下の子が 鼻血を出したと言うことで 電話がはいった。

下の子は 元々 鼻血を出しやすくてたまに服を汚したりしていたんだけど 義母はぱにっくって 病院に連れていけと追い出されたらしい。汗

まぁ・・子供にあんまり慣れてないし(自分の子育てはずっと過去だし)
いきなり鼻血を吹いてびっくりしたんだろうな・・・
どうも 今回はいつもより量が多めで なかなか止まらなかったみたいだし。

旦那から連絡もらって 要領を得なかったから わたしもどうなっているのか不安にはなったけど・・・・

ちゃんと止血して(鼻になるべく柔らかい脱脂綿とかを詰めて 小鼻を軽く押さえる。横にならないで座って少し下をむく) それでも 出血がとまらなかったら確かに病院に連れて行ったほうがいいみたいだけどね。

ただ 大人が子供の前でパニックになるほうが一番悪いだろう。(^^;

うちの子の場合は どうものぼせだったみたいだし 止血方法もちゃんとしてなかったみたいだから 出血が長引いちゃったみたい。
(風邪きみだったから 鼻のかみ過ぎで鼻の粘膜も弱っていたんだろうし)

ただ わたしも見てないだけに・・やっぱり 心配になっちゃったよ><
(鼻血出して 問題のある病気っていったら やばいのばかりだし)

罪と罰

最近の事件・事故を考えていると 罪と罰というのはなんだろう・・と思う。

わたし的には 罰とは 被害者の納得と加害者がもうこんな思いするなら2度とあやまちを犯すまい・・という思い・そして罪への反省・・そのための物だと思う。

人が人を裁くには 常に誰が裁いても公平であるために 一定の基準は必要だろう。
だからこそ 現在の刑法の基準はできたのだろうし。

だが 今その基準である罰(判決)が本来の罰の役目を果たしているのだろうか・・・

例えば 人を殺して 判決を15年と受けたとする。

本来なら 被害者(遺族)がその15年が自分たちの無念さ・憤りを納得させるもので 犯罪者はこんな思いするならもう2度と人を殺すまい・そして 殺してしまって申し訳なかった・・と心から反省するべきものなら問題ないだろう。

犯罪者にとって自分の罪を反省する・・これが一番大事な点だと思うが 被害者にとっての罰の一番のポイントは 受けた被害を罰と等価だと納得できること・・だと思う。
この両方を満たして 罰は罰だと言える。

つまり 例え犯罪者が罪を反省したとしても 被害者が納得できなければそれは 罰としては被害者からしてみれば不十分だと言える。
誰のための罰なのか・・・となるだろう。
ただ 被害者側の憤りは限界がない場合もあるだろうから そこに犯罪者の反省があるのなら 大部分の人が認める等価の罰でいいのはでないかと思えるが・・

じゃあ 反対の場合はどうなのか?

つまり・・・被害者はその罰にはまぁ納得・・人殺しなどの場合はきっと納得なんかできないだろうけど それが盗みだったら?盗んだ物は返って来たり それ相応の保障を受けられたり・・そして 数年でも実刑を受ければ 被害者は納得するかもしれない・・だが 当の犯罪者が 反省もしなければ懲りてもなかったら・・・・罰はただの罪に対する処分でしかなくなる。

そういう意味で言えば 刑法の定める物・・裁判で下される物は 決して本来の「罰」ではない。

裁判官は 基準や通例に従い 「それ相応」だと自分と法律が定める 処分を言いわたし そこに被害者の納得する気持ちも 犯罪者の反省うんぬんが考慮されることはない。
(表面上はあるけどね・・)

そりゃ 勿論 本当に罪を悔いて反省している者もたくさんいるだろうけど
下される判決に多くの人間が不満をもつような犯罪者というのはそういう部類ではない。

被害者への謝罪の言葉も態度もない。
心神耗弱だの 育った背景だのを理由に 自分の罪を軽くすることを望み ましてや 同じ犯罪を何度も繰り返すような人間だって多い。

じゃあ そういう犯罪者たちにとって 罰(判決)はなんなんだろう・・と思うと「ペナルティ」でしかないんだろうな。<ゲーム的な

犯罪を犯した。
捕まらなかったらセーフだったけど 捕まったからペナルティは受ける。
ペナルティを受ければ その罪はもう終わる。

被害者たちは納得していない。
犯罪者も反省もしていない。
ペナルティ(例えばそれが刑務所いき)さえ受ければ 「罪を償った」と思いこむ犯罪者たち。

そんな現在の罰に・・一体 何の意味があるのだろうか・・・・

誰のための罰なんだろうか・・・

司法の自己満足のための罰としか思えない。

結果 同じような犯罪を繰り返し 挙句にもっと凶悪化していく。

いい例が 性犯罪者たちだ。

また 暴力事件で捕まり 出所後に被害者をお礼参りとばかりに殺害する事件だって起こっている。

裁判官たちは 自分の下した判決(罰)をどう思っているんだろうか・・

犯罪者たちと同じ・・自分が下した犯罪に対しては その償いは(判決処分で)終わっている。
その次に犯した罪は 新しい罪だから それはそれでまた新たに裁かれなければならないものだ。
だから 自分が下した判決には何も恥じる物はない。

・・・とでも 思っているのだろうか? 

情状酌量の材料にするときだけ犯罪者の過去の生い立ちなどが語られ・採用されることが多いみたいだが 犯罪者がその犯罪を犯す仮定だっていきなり単独で発生するものじゃない。
それが前の小さな犯罪で その犯罪がどう処分されてきて・・その結果 また犯罪を犯した人間がいる・・過去が軽減の材料になるのなら その過去の修復を正しく処分できなかった人間(親でも裁判官でも)も新たな罪の贖罪を負うべきなのじゃないだろうか。

ちなみに わたしは 過去がどんなに可哀想でも罪を犯していいとは思わないし それが軽減の材料になるとも思わない。

本人はそういういい分でいいかもしれないが それに巻き込まれる人間側にしてはしったこっちゃないことだからだ。

親に虐待されて・・その親を殺してしまったとか あまりにもお金がなくて万引きしてしまった・・というのならまだわかるが 過去の生い立ちのせいで通りすがりの人に暴力を振るって殺しましたとか 子供にしか興味を持てなくなりイタズラしました・・なんてやつには 同情の余地もないし 同情するやつの気がしれない。
お金がなくて万引きというのだって 働かなくてお金がない・・とか言うやつなら理由になるか!と思うし。

同様に 心神耗弱とか知的レベルがどうとか・・そういう理由の軽減も一切認める気もない。
クスリをやって精神状態がうんぬん・・・なら その時の状態が判断能力なくても クスリをやったことの結果なんだから判断能力なくて当然で 当然なことを減刑ネタにしても仕方ないだろう。わたしから見れば 包丁で心臓を指しました・・というくらい それは立派な罪でしょうというものだ。
知的レベル問題も・・・ハッキリ言えば 社会生活に適応できないような人間を1人で野放しにしないでもらいたい。
それは本人は勿論 家族の責任だ。
一人にできないような人間を放置して犯罪を犯したら 本来なら家族が責任とってその本人を処分してもらいたいとさえ思うくらいだ。
悪いことかどうかも区別が付かないなんて・・・一番 最悪なんじゃないのか・・そんな人間を 善悪がわからないから無罪なんて・・・次の犯罪を約束するようなものじゃないか。

厳しい意見かもしれないけど 厳しいなんて思うのはあくまで加害者側にたったときの話しだと思う。

世の中の死刑反対者や犯罪者の減刑運動をする人は 最後まで犯罪者への責任を持つ覚悟で 奇麗事だけじゃない行動をみせてもらいたいものだ。
もちろん・・自分が支持する犯罪者だけじゃなく 全犯罪者に対しての責任を・・だ。
他人の人生の責任をとることの重大さが分かるなら 傍観者の立場で死刑廃止・情状酌量なんて言えないと思うけどね・・。
わたしだって 殺された被害者の遺族がそういうのならまだわかるけど・・(それでも その犯人がまた犯罪犯したら・・と思うと 社会に戻すのは納得できない) 犯罪者もそういう優しい人の家族を狙えば死刑にだけはならないかもしれないけどね。わたしも そう言う人たちには 死刑にすべきだなんていわないよ。自分たちで納得していることなら。

だけど わたしの「罰」への考えの中に 被害者の刑に対する納得できるもの・・というのがある以上 部外者がそれを踏みにじるようなこと・・・そして次の犯罪をうむ可能性の高くなるものに賛同することは絶対にできない。

祖母と孫

祖母による孫虐待・・・

孫は可愛い・・じじばばは 自分の子供より孫を可愛がるもんだ。

とはいっても よく言われるのは それは「責任」がないから。

可愛がるだけで済むから 孫は可愛いんだ・・とも言われる。

その通りなのか・・今回起こった事件は 祖母による孫虐待。

父親に 祖母がつねったことを3歳の孫が告げ口したから怒って・・ということだから 前からそういう行為はあったんだろうな。

たまにあって 可愛がるだけ可愛がって 疲れてきたら親に返して・・ってことができない状態にいれば 祖父母といえど 可愛いだけの孫ではいれないだろうけど だけど やっぱり3歳の子供を 布団巻きにしたりするかなぁ・・。

うちの場合も 夏休みなどの長期休みになると わたしの実家の方に子供たちが遊びにいっちゃうんだけど(しかも かなりの日数いっている) だけど ちゃんと面倒みてくれている。

まぁ・・宿題なんかあんまりやらせてないから それは親に任せよう という感じで 最終的な教育は親の役目でしょう・・と思っているからこそ 預かっていても多少気が抜ける分 そこまでストレスになってないかもしれないけど。

これが 母親代わりで何から何まで・・となると・・育児ノイローゼみたいになっちゃうのかなぁ・・・・・

でも・・やっぱり 3歳の子にする行為じゃないよね。
(3歳だから・・というよりも・・わたしは 子供を布団蒸しにしたことなんか1度もないけど・・しようと思った事もない汗)

しかも まだ 50歳っていう若いおばあちゃんなんだし・・なんなんだろう。

父親も働いているから世話を祖母に・・と思って面倒みてもらっていたんだろうけど・・もっと 気を配っているべきだったのかな。

布団蒸し・・遊びでもよくやるけど これはたまに死亡事故が起こる物だから本当は危険なんだ。(わたしは学校で注意を受けたけどね)

圧迫されることで死んじゃうこともあるけど 今年の夏みたいにめちゃくちゃ暑かったら それこそ 布団でくるまれただけで かなり危険な状態になる。

ちょっとした罰のつもりでやったのかもしれないけど もう少し注意力・想像力をもってもらいたいもんだ。

押入れに閉じ込める・・とかいう罰もあるだろうけど やっぱりそんなのだって今の時期 冷房もいれてない部屋だったら危険だ。

子供がふざけてやっていたら注意すべき行為なのに 大人がそれを子供にやるなんてね・・

おばあちゃんだって 孫が可愛いからこそ 離婚後大変だろうと面倒見てた(と信じたい)んだろうにこんなことになって 本当に気をつけなきゃ・・

落とし穴

全国ニュースでも流れているから 知っている人も多いだろうけど 海がめも産卵する福岡県の海岸に 悪質な落とし穴を掘った ばか者がいる。

本当に何を考えているのか・・
何も常識的なことが考えられないからやっているんだろうけど。

落とし穴だけなら 友達同士のイタズラ・・とかも考えられるけど・・

ただ その場合だって 遊び終わったら ちゃんと穴は埋めないとだめだ!

知らないで落ちれば それが浅い穴でも 捻挫したりするんだから。

だけど 今回のは そんな可愛いものじゃない。

穴の底に 釘を打ちつけた板を仕掛けていたんだから!!

目撃者の話じゃ ライトが2~3個見えた・・というのと
走り去る車があったらしいから いい年したバカどもなんだろう。

6つも落とし穴があったらしい・・

夜中に 釘入りの落とし穴を掘る・・・根暗!!

海がめの産卵のチェックをしているボランティアの女の子が怪我をしているし 穴の大きさから海がめ自体は落ちないにしても 海がめが上陸するのが分かっている海岸に掘るのは やっぱり悪質!!

昼間は 海水浴客もいるところらしいし・・

是非 こんなバカものたちは 自分の脳天にでも釘さして反省してもらいたいもんだ。

教師のいじめ(BlogPet)

かすみゅんは
ただ それ(賽の河原より先に死んでしまったこと)を 大罪だと思ってしまうほど残された賽の河原が嘆き苦しむ気持ちもいたいほどわかるようになってしまった。
って言ってたよ。

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「みよ」が書きました。

賽の河原

まずは 賽の河原について ずっとわたしの中のイメージでの話しのことなので 敢えて抱えている認識のままの賽の河原について話をしていくということを了承してください。(^^;
(正確な賽の河原はネットで調べて見てね。そこまで間違ってないと思うけど)

賽の河原・・あの世とこの世の間にあって 死んでしまった子供たちが 自分の罪を償うために石を積むところ・・・。

子供の背負ってしまった罪・・それは 親より先に死んでしまったこと。

昔から 最大の親不幸は 親より先に死ぬこと・・とは言うけどね。

子供たちは
「一つ積んでは父の為・・二つ積んでは母の為・・・」
と 歌いながら 石を1つ1つ積んでいくのだ。

やっと積み終わるかと思うと 現世の親が子供を思って泣く涙で 河原の川の水が溢れだし せっかく積んだ石を流してしまう・・
それでも 子供たちは また歌いながら 一生懸命石を積んでいくと 今度は 鬼がやってきて 「親を泣かせる悪い子は誰だ」と言いながら せっかく積んだ石を壊してしまう・・・

子供たちは 今日も 一生懸命歌いながら 自分の罪を償うために石を積むのだ・・・

という話しを幼い頃 どこかで聞いた気がする。

子供心にも 子供だって死にたくて死んだわけじゃないのに 親より先に死んだことが罪だといって こんな罰を与えるなんてひどい話だ!と思った物だった。

もっとも 親の涙が石を流してしまうというのは ある意味 
「いつまでも悲しんでばかりいたら あの世の子供が成仏できませんよ」
という教えでもあるのかもしれない。

当たり前のことだが・・親になって 自分が(普通なら)子供より先に死んでいけることをほっとしている。

親の方が子供より年をとっている分 先に死ぬのは自然のことだが この自然で当たり前のことが 非常にありがたい。

当たり前のことなのに その当たり前の未来が迎えられず 先に子供を失ってしまう親だっているのだ。

その気持ちを思うと 胸が張り裂けそうになる。

結婚したばかりのとき 旦那と どっちが先に死ぬと話しをしたことがある。

旦那は わたしより 1日でも先に自分が死ぬんだといいはり
わたしはわたしで わたしを1人で残すつもりなの と文句をいい・・・

愛する者の死を見ずに死ねることは幸せなことなのだと本当に思う。

年を取るほど・・・いつから こうなってきたのかは 自覚はないが
子供が事故や事件に巻き込まれ 死んでしまった話しを聞くと 胸が苦しくて苦しくて・・その話しがいつまでも 頭からこびりついて離れなくなってきた。
辛いのに そのニュースが流れるとニュースから目が離せない・・
そして また辛くて辛くて 胸の中に重い鉛でも飲み込んでしまったかのように 息をするのも苦しくなる。

賽の河原の話しは 死んでしまった子供は 自分たちには本当は罪もないのに気の毒な説法だと思うが・・

ただ それ(親より先に死んでしまったこと)を 大罪だと思ってしまうほど残された親が嘆き苦しむ気持ちもいたいほどわかるようになってしまった。

賽の河原で これ以上罪のない子供たちが 悲しい石を積まないでいいように・・大人が防げる事故・事件は なくなってほしい・・

賽の河原で本当に石を積まなければいけないのは 今回のプールの排水口事故で ただしい判断をしてこなかった市・管理会社・監視員の仕事を甘く見ていた大人たち・・ああいう人間だと思う。

監視員自体 なんか他人事でインタビューに答えていたけど・・例えアルバイトでも自分が携わる業務の重さの自覚がないのはどうかと思う。
マニュアル見せてもらってないからわかりません・責任ありません・危ないと思っていました・・じゃないだろう!自分でも考えろ!!危ないと思っていたなら行動しろ!!

ちなみに 子供を殺した殺人者は 賽の河原なんて生ぬるい!
即刻 地獄行きだ!!

だめだった><

プール事故・・ダメだった><

救出まで あんなに時間もかかっちゃったし 排水溝なんかに吸い込まれちゃったら すぐ救出できなかったら ダメだったのかもしれないけど・・助かって欲しかった><

親だって 子供を喜ばせてあげようと思って連れて行ったプールなのに こんなことになって すごく辛いだろう。

市は管理を任せているからわからない・・なんてこといっているけど そういう寝言は通らないと思う。
基本管理は自分の所でも把握しておくべきだ。
毎日の開園前の点検なんかはちょっと時間とればできるはずだ。
運営中の市職員だけじゃ手が回らない部分を民間に委託するのは 安全管理上 もれをなくするためにも必要だと思うけど 任せているからうちはわかりませんでした なんていうのは責任逃れもいいところだと思う。

しかも 排水溝の蓋を針金でとめていた・・なっていう話もあるみたいだし・・

わたしの子供の時から 排水溝の事故って多かったから よく注意されていたのに・・

子供が 遊びで排水溝の付近でわざと身体を寄せて・・っていうのは よくあることだけど(それが元の事故も多いし) 大人までも危機管理が薄すぎたんじゃないんだろうか。

せっかく 蓋がはずれていることに気が付いて子供が教えにいっているのに・・結局 事故起こしていたら なんの意味もない。

TVでもいっていたけど 何故 蓋の修理の工具を取りに行っている間 残った監視員がその排水溝の前に立って 吸い込まれないようにガードしておこう・・くらいの気持ちがなかったんだろうか。

たぶん・・そういうときの役割分担をちゃんとしてなかったんだろうけど・・

だから 残った人間は 自分の持ち場の監視を続けていこう・・って思ったんだろうけどね・・・

だけど やっぱり今回は 監視会社も市も 考えが甘すぎたんだろう。
監視体制も穴だらけだし マニュアルも不十分だったんだろう。
吸水・排水溝のチェックはしてなかったみたいだし・・・
事故が合った時、不備があったときにどうするっていう教育がちゃんとできてないみたいだし・・

そんな管理会社に 安全管理の全てを任せていた市の責任だって重罪だ。

だけど・・利用者はどう判断したらいいというんだろう。
自分が・子供が利用しているプールの安全管理が万全かどうか・・なんて・・

たぶん・・・ここだけじゃないんだろうな・・

こんな危険な・・甘い考えの安全管理のプール・施設・・・

今回の事故は すごく悲しいことだけど だからこそ 今度のことを教訓にして こんな事故 2度と起こさないようにしてもらいたい。

うちも夏休み おばあちゃんが 子供の友達を連れて泊まりにおいでといっていた。

うちなら毎日近所のプールに連れていってあげるから・・って。

結局 その話しはダメになったんだけど・・ある意味 わたしも夫もホッとしていた。

預かっている子に 何かあったら・・・と思うと・・。

実際 今回の事件で 事故にあった子が家族と友達と一緒にプールにいっていて・・と聞いて・・ドキリとした。

親にして見れば 自分の子が事故にあって嬉しいわけがない。
なんで うちの子が!・・って思っていることだろう。

だけど 連れて行った友達が事故にあっていたら・・また別の悲劇もうんでいたことだろう・・

こんなこと考える自分がいやになってしまう><

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